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フクシマとヒロシマ3年 <上> 変わるニーズ 医療指導者 育成が急務

 福島第1原発事故から間もなく3年。放射線被害を受けた福島県では、いまも多くの被災者が健康不安を抱えながら避難生活を送っている。古里で復興を目指し頑張る人もいれば、帰還を諦め、国の補償を求めて模索する動きもある。核被害を経験したヒロシマが、フクシマに対してできることは―。現状を報告する。(馬場洋太)

 「原発事故の後、放射能汚染を恐れてか、年上の先生たちがごっそりやめた。指導者が足りず、知識も経験も浅い自分が教育係をやるしかない」

 福島県南相馬市立総合病院の理学療法士、池田陽一郎さん(28)は2月下旬、4月から研修で通う予定の広島大病院(広島市南区)を訪れ、担当の医師たちに勤務先の実情を語った。2012年に地元の老人保健施設から転職して2年。表情には決意がにじんだ。

 南相馬市立総合病院は、約6万4千人が暮らす同市の基幹病院。福島第1原発から23キロの距離にあり、事故後、「原発に一番近い総合病院」となった。

 震災前、リハビリ関係のスタッフは12人いたが、相次ぎ退職。一時は3人にまで激減した。いまもベテランや中堅は少なく、池田さんたち20代後半のスタッフが指導役の重責を負わざるを得ないのが実情だ。

 研修の調整に当たった南相馬市立総合病院の及川友好副院長は「東京以外で福島の医療に関心を寄せてくれるのは、被爆地の広島と長崎。とても心強い」と話す。

 被災地の医療ニーズは刻々と変わっている。原発事故当初は、避難した医療スタッフの穴を埋め、内部被曝(ひばく)検査のノウハウを持つ医師や技師などが特に求められた。

 いまは被災地支援のため同病院の医師数は震災前より増え、看護師も震災前の9割程度まで回復した。だが、指導者が足りない状況は理学療法士の場合と変わらない。避難生活の長期化などが影響してか、同病院では、脳卒中による入院患者数が震災前の2・4倍(人口10万人当たり)に急増。リハビリや在宅医療の重要性が増すとみられている。

 市内の仮設住宅の自治会長藤島昌治さん(68)は「うちの174世帯でもここ2年で6人が亡くなった。農作業ができず運動不足になったり、夜中に隣の家の足音で目覚めて睡眠不足になったり。避難者の健康管理は大きな課題だ」と話す。

 震災後、現地で医療活動に携わった広島大大学院の浦辺幸夫教授(スポーツリハビリテーション学)は、定期的に仮設住宅に出向き、避難者への助言や聞き取りを通じて、次のニーズを探る。「避難生活が長引く中で、住民同士のつながりの強弱などが健康にどう影響するのか。それを解明することが3年たった現地で求められていると思う」と強調する。

(2014年3月6日朝刊掲載)

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