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連載・特集

緑地帯 「アトム書房」を歩く 山下陽光 <6>

 アトム書房の調査と研究発表を広島で重ね、いろんな反応や出会いに恵まれた。その中に、吉川清氏が営んだ「原爆1号の店」をめぐる出会いがある。

 吉川氏は自分の背中のケロイドをさらし、「これがピカじゃ」と外国人観光客に写真を撮らせた。被爆を売り物にしているとたたかれることもあったが、教育的なオブラートに包まない、肉体感覚の反核を訴え続けた。

 原爆資料館館長を務めた高橋昭博氏は、吉川氏を師と仰ぎながら、よく衝突もしたという。ともに故人となった二人のほほえましい映像を見た。寝たきりの入院生活になった吉川氏を高橋氏が見舞う。「当時の勢いはどこに行ったんですか」と皮肉を言うと、吉川氏が鼻水を垂らして喜ぶ。その鼻水を妻の生美(いきみ)さんが拭き取る。

 2年前、高橋氏の妻の史絵さんに話を聞いた。高橋夫妻は吉川氏の紹介で出会い、結婚したのだ。翌日、生美さんにも話を聞きに行くのでお誘いすると、大喜びで同行してくれることになった。

 生美さんは記憶があやふやになっていた。史絵さんを見て「あんた、死んだふみちゃんにそっくりじゃのう」と言って、史絵さんが「生きとるよ、ふみちゃんよ」と握手。そして、生美さんが「核のない平和な世の中をつくりましょう」との言葉。

 昨年、生美さんは亡くなられたが、お二人がこの時に再会できてよかったと思う。原爆1号の店もアトム書房も、不謹慎に筋が通っている。原爆資料館はあるけれど、現代はそのセンスを欠いていないだろうか。(アーティスト=長崎県諫早市)

(2014年3月11日朝刊掲載)

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