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検証 ヒロシマの半世紀

検証 ヒロシマ 1945~95 <28> 核開発・核軍縮②

■報道部 西本雅実

 ダモクレスという男が、あこがれの豪華な食事の席について天井を見上げると、一本の毛に剣がぶらさがっていた。この西洋の故事は、繁栄と背中合わせの危険を教える。原爆の開発・使用から半世紀。世界はまさに「ダモクレスの剣」の下にあったと言えないだろうか。人類は、米ソ東西両陣営による冷戦下、広島型原爆の100万倍を超す規模の破壊力にさらされていた。その狂乱の核軍拡からようやく軍縮へと転換を歩み始めながらも、核兵器の解体一つ取ってみても「負の遺産」が重くのしかかる。ジュネーブ軍縮会議大使を務めた今井隆吉氏と、大阪大大学院教授で軍縮国際法を専門とする黒沢満氏の2人に、核兵器廃絶への道筋や日本の役割を聞いた。厳しく辛らつな発言は、その道筋がいまだ険しいあかしであり、理念を訴えてこと足れりとする平和観のもろさを撃つ。ヒロシマが克服すべきひとつの課題がここにある。

なお険しい廃絶への道

 核兵器はなくした方がいい、と言うだけならだれにだってできる。だが、そのため具体的に日本は、ヒロシマはこの50年何をして来たのか…。

 そもそも日本全体が長い間、核兵器の開発、軍縮についてほとんど認識していなかった。政治家も分かっていなかった。

 日本と西ドイツの核武装の芽をつむため核拡散防止条約(NPT)ができ、日本はそれに加盟するのと引き換えに、やっとジュネーブでの軍縮交渉に出られるようになった。そして発言し始めたのは80年代から。それも日本が被爆国だからではなく、国際的な力が評価されたから発言できるようになったんだ。

 米ソの核ミサイルは1990年の段階で、長距離の戦略核がそれぞれ1万2000発くらい、小型の戦術核は1万4000から1万5000発あった。その戦略核は94年で各8000何100発、さらに第二次戦略兵器削減条約(START2)が実行になると、2003年には各3500発勘定になる。

 この削減の流れを現実につくったのはレーガン政権とゴルバチョフだ。それまで日本は、ヒロシマは何か貢献しただろうか。広島型原爆30倍の核弾頭を持つミサイルが2万発を超えていた時、「唯一の被爆国」「核廃絶は悲願だ」と訴えるだけだったじゃないか。そう言い続ければ外交の場でどうにかなっただろうか。僕は知らないね。

 日本から国連軍縮特別総会に何100万人もの署名を送ったが、事務局は無理して受け取ったんだよ。国連を訪れ「日本に何を期待するか」と聞くのがいっぱいいる。これをやると言うなら分かるよ。そうした勘違いが続いてるんだなぁ。

 START2が調印されたと言っても、その先をどうするかっていうのが問題なんだ。フランス、中国と比べたら、まだけた違いに多い。フランスや中国はもうひとけた減らないことには、まともに軍縮には応じないだろうね。

 しかも2003年にああいう数になるってのは、ひとつの神話であって現実的でない。核兵器廃絶はいいけど、どうやって始末するのか。そこが肝心なんだ。

 核兵器の解体は金がかかるし大仕事。核弾頭から取り出したプルトニウムの処分がつかなければ、解体は進まない。米国はロシア側をみながら、実際そのスピードを落としている。ロシアは経済状態の問題がある。それを日本では、だれも大変なことだとあまり思っていない。言わないんだなぁ。

 ロシアのプルトニウム処理に関し、技術者への給与が日本から出てるけど、それ以上口を出すと向こうがやめてくれと言うだろうし、日本の原子力基本法にひっかかる。どこまでなら協力できるという調査もちゃんとしていない。

 包括的核実験禁止条約(CTBT)も難しい条約でね。原案ができるのと発効は違う事柄だし、1キロトン以下の核実験になると見つけられない。今までと違う実験場でやられると検証はできるのか。米国は実験室で水爆技術を追及しようとしている。これをCTBTでどうするか。米国は予算を増やしている以上やめるつもりはないだろう。

 軍縮は、実態は逆コースで動いている。核兵器を減らす話はストップしている。ロシアの軍事費配分をみてると主要な兵器は決して減っていない。米国が潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を新しくするってのは兵器の強化ですよ。イラン、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は何をしているのか。

 こうした中身をよく見れば、冷戦が終わったから核廃絶に結びつくというふうになっていないのが分かるはず。じゃあ、日本が何をなすべきか。すぐに効き目はないだろうけど、やるべきことはいっぱいある。  フランスの核実験はけしからん。そう言えば中止になる。そんな簡単なメカニズムで核は動いているんじゃないんだ。大きなメカニズムを逆回転させる方法を考えなくては…。1発で優勝をさらえるサーブなんてない。こつこつと球を打ち返さないと、国際政治なんて動きやしないよ。

 
◆核軍縮のキーワード

 
《第一次戦略兵器削減条約(START1)》
 米ソが1991年調印した冷戦終結宣言(89年)を具体化した歴史的な核軍縮条約。初めて戦略核の削減をうたった。大陸間弾道ミサイル(ICBM)など戦略核の弾頭総数を7年かけ6000個まで減らす。海洋発射巡航ミサイル(SLCM)は対象外。ソ連邦の崩壊で発効の前途が危ぶまれたが、94年ウクライナが批准し、条約発効となった。

 
《START2》
 93年米ロが調印したこの条約は2003年までに、双方の戦略核弾頭を3000・3500個まで削減する。完全実施されれば、大型のICBMと複数目標弾頭(MIRV)装備のICBMが全廃になる。両国議会で批准審議が続くが、米国の弾道ミサイル防衛(BMD)計画に、ロシアは態度を硬化させており、批准時期は不透明。

 
《核拡散防止条約(NPT)》
 70年発効し、この5月に加盟178カ国の間で無期限延長が決まった核に関する最大規模の軍備管理条約。非核兵器保有国への核拡散に歯止めを掛ける一方で、核兵器保有国の「核権力」を固定化した。米国、ロシア、英国、フランス、中国はその保有・開発を独占し、軍縮の義務は「誠実な交渉」にとどまる。核疑惑が持たれるインド、パキスタン、イスラエルなどは非加盟。

 
《包括的核実験禁止条約(CTBT)》
 部分核停条約では禁止していない地下も含めた全面的な核実験禁止を目指す条約。NPT無期限延長に際し「96年内の調印」をうたう付帯文書が採択された。94年からジュネーブ軍縮会議で交渉が始まるが、中国は「平和目的の実験は対象外」と主張するなど、実現には多くの未解決問題が横たわる。

 
《兵器用核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約》
 非核兵器保有国が交渉の開始、早期締結を求める。米国は92年、兵器用のプルトニウムおよび高濃縮ウランの生産停止を発表した。英国もこの4月生産停止を宣言し、ロシアも2003年までに停止の方針。中国とフランスは、米ロとの保有量の圧倒的な差に、実際の交渉になると慎重な姿勢をとるとみられている。

 
《非核地帯条約》
 その領域での核兵器の製造や貯蔵、実験などを禁止する。67年中南米核兵器禁止条約(トラテロルコ条約)ができ、86年南太平洋非核地帯設置条約(ラロトンガ条約)が発効した。核兵器保有5カ国はトラテロルコ条約の付属議定書に署名したが、ラロトンガ条約は米、英、フランスが未署名。アフリカ非核化条約(ペリンダバ条約)が早ければ年内にも調印の運び。

<参考文献>「核兵器解体」(今井隆吉・佐藤誠三郎編著)▽「核軍縮と国際法」(黒沢満)▽「SIPRI年鑑」(ストックホルム国際平和研究所編)▽「ミリタリー・バランス」(英国国際戦略研究所編)▽「米ソ核軍縮交渉」(ストローブ・タルボット)▽「軍縮ハンドブック」(宇都宮軍縮研究室編)▽「核解体」(吉田文彦) (1995年7月30日朝刊掲載)

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