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3.11とヒロシマ

『フクシマとヒロシマ』 特集・土の汚染 不安との闘い

■記者 下久保聖司、山本洋子、河野揚

原発と向き合う福島住民

 3・11以降、今なお放射性物質を放出している福島第1原発。「見えない恐怖」は、広大な地域の住民の不安をあおる。その一つが土の汚染だ。「いつになったらコメは作れるのか」「子どもに本当に影響はないのか」…。家族を、集落を守りたい。人々は懸命だ。しかし国や専門家の意見は食い違い、方向性は見えない。「75年は草木も生えない」とも言われながら復興を遂げたヒロシマ。その蓄積に現地の期待が掛かる。


川俣町の農家 区割り格差の憤り

 「汚染といっても、目に見えないんだから…」。今月下旬をめどに全員が避難しなければならない「計画的避難区域」に指定された福島県川俣町山木屋。集落で最大という2ヘクタールの水田農家、菅野好広さん(60)はつぶやいた。

 例年なら最も繁忙を極める時期。だが、生産が盛んな葉タバコの畑に人影はない。菅野さんが約30年間、大手メーカーに納めてきた加工用トマトも事故後、契約が見送られた。「完全に安全性が確認できない」としてメーカーが通達してきたのだ。

 福島第1原発から半径20キロの「警戒区域」内ではない。しかし放射線の累積量が高いため国は4月22日、計画的避難区域に指定。同時に、緊急時避難準備区域も加えた約1万ヘクタールで、今年のコメの生産を事実上禁じる作付け制限も発動した。

 土壌に降下した放射性物質が根を通じて吸収される「経根吸収」で汚染されたコメの流通を防ぐのが理由。対象のコメ農家は、12市町村の約7千戸にのぼる。川俣町では山木屋地区が入った。

 目安となった数値は「土1キロ当たり5千ベクレル」。これまで土壌中の放射性物質の濃度基準はなかったが、出荷したコメが食品衛生法上の暫定規制値(1キロ当たり500ベクレル)を超えないよう、国がはじき出した。

 基になったのは、農業環境技術研究所(茨城県つくば市)が全国の水田の土壌と収穫米のセシウム137の量を継続調査したデータ。開始は1959年だった。核実験が相次ぎ、日本で放射性降下物が観測されるようになったのを受け始めた調査だった。

 「よそで代かきしてる田んぼさ見ると胸痛むんだ」と菅野さん。眼下の畑の向こうには黒々と耕された田が見える。隣接する二本松市は作付け制限の区域外。避難指示もない。市町の区割りでこれほど大きな違いが生じるのがやるせない。

 農業を再開できる見通しは誰も示してくれない。菅野さんは恐れる。「いつわが田の土は元に戻るのか。田んぼがあっから暮らしがある。このままでは集落が崩壊してしまう」

福島県の農業
 2009年の福島県の農業産出額は2450億円で全国11位。東北では青森県に続いて2位。面積が広く、多様な農作物が生産されている。コメ、ナシ、キュウリ、トマト、サヤインゲン、葉タバコなどが有名で、福島盆地などで生産されるモモは全国シェア約20%。農業産出額のうち畜産業が約2割を占めている。


伊達市の家族 子育ての憂い

 福島県伊達市で暮らすオーストラリア人、エイドリアン・リースさん(35)。放射線を測るガイガーカウンターを、記者が持っていると知ると、貸してほしいと言い出した。「小さい子どもが3人いるので、僕の家も放射線を測りたいんです」

 来日して15年目。今は、宮城教育大(仙台市)で英語講師を務める。福島第1原発から北西約60キロの、のどかな山あい。日本人の妻(36)の古里に家を建てた。

 カウンターをかざしながら、家を出たり、入ったり。原発事故以降、子どもには遊ばないよう指示している庭の砂場の放射線量も測った。地表50センチは毎時2マイクロシーベルト、1センチでは3マイクロシーベルト。「この数値はどう判断すればいいですか」。質問攻めにあった。

 小学校の校庭の利用を制限するかどうかの目安として国は年20ミリシーベルトを示している。毎時では3・8マイクロシーベルト(地表50センチ)。その基準よりは低い。しかし、砂が口に入るなどして内部被曝(ひばく)する恐れはある。それらの懸念を拭い去りたい思いがにじむ。

 伊達市の調べでは、長男(8)が通う小学校と、次男(5)の幼稚園は、地表50センチの値がそれぞれ4.78マイクロシーベルト、3.96マイクロシーベルトだった。基準値を超えているため市は4月下旬、校庭などの表土を5センチ削った。これによりそれぞれ値は小学校で8分の1、幼稚園で6分の1まで落ちたという。

 リースさんが放射線を人一倍気に掛けているのには理由がある。

 祖母の弟はオーストラリア兵として、被爆後のヒロシマに入った。帰国後の1967年、42歳で死去。がんだった。詳しいことは聞いていない。しかし「放射線の影響かも」。そう疑っていた祖母の表情が今も記憶に残る。

 原発の事故当時、オーストラリアに一時帰国していた。「日本とアジアの半分が吹っ飛び、放射能で汚染される」。テレビにデマがあふれ、いてもたってもいられなかったという。

 リースさんは今「政府や東京電力は正しい情報を早く出してほしい」と強く求める。ガイガーカウンターで砂場を測る父。締め切った窓から眺める1歳の長女。放射線量はいくらで、どれほど健康に影響するのか。家族を思う気持ちが、その焦りと怒りを増大させる。


広範な土壌調査 急務
広島大原医研星教授に聞く

 広島の原爆やチェルノブイリ原発事故後の土壌汚染を調べてきた広島大原爆放射線医科学研究所の星正治教授(放射線生物・物理学)に土壌調査の必要性について聞いた。

 今月中の調査が必要だ。放射性物質がどのくらい地表に落ちたかが分かれば、住民の被曝量が推定でき、健康管理に役立つ。農業への影響もつかめる。

 放射性物質には、物理的半減期(元の物質の半分が放射能を失うまでの時間)がある。セシウム137は30年と長いが、ヨウ素は8日。ただ梅雨に入ると、流れてしまい、正確でなくなる。

 福島とチェルノブイリの共通点は、局地的に放射線量が高い「ホットスポット」ができていることだ。福島では飯舘村。風や雨の影響を受けたのが原因だ。

 広島の原爆投下後に降った「黒い雨」の降雨範囲を調べているが、あの時も、放射性物質の土壌蓄積は同心円状ではなかったと思われる。66年後になってもまだ調査をする必要がないよう、福島でもできるだけ広範囲で詳細な調査をし、汚染マップをつくるべきだ。(談)

原発から北西へ 汚染の帯
 文部科学省と米エネルギー省が航空機を使って合同測定した地表付近の放射性物質の蓄積量マップによると、福島第1原発から北西方向を中心に帯状に汚染が広がっていることが分かる。

 対象は福島第1原発から半径80キロ圏内で、4月6~29日に実施。ヘリコプターなどで上空約150~700メートルを飛行し、高感度の放射線検出器でガンマ線を測定した。

 半減期が約30年のセシウム137の場合、1平方メートル当たり1470万~300万ベクレルの地帯が浪江町から飯舘村に向けて帯状に拡大していた。同時に測定した空間線量率によると、半径20キロ圏外の計画的避難区域の中にも、年間の積算放射線量が100ミリシーベルトを超えるとみられる地域が確認された。

(2011年5月16日朝刊掲載)

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