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3.11とヒロシマ

『フクシマとヒロシマ』 第5部 今やるべきこと <5>

NPO法人ピースデポ 梅林宏道特別顧問

プロの記録者派遣を

 福島第1原発事故は発生当初から混乱が連鎖し、先の予測もつかない危機的事態となっている。収束は喫緊の課題。一方、何が起きたのかを海外や後世に正確に伝えるため、情報収集を専門とする「ヒストリアン」を派遣すべきだ。十分な防護をした上で原発内や警戒区域内にも立ち入らせ、記録する。数人は必要だろう。

資料や証言重要

 ヒストリアンは、直訳すると「歴史家」や「年代記編者」だが、客観的な視点で関係資料や証言などを拾い集める記録者を指す。そのプロ集団だ。必ずしも原子力の専門家でなくていい。福島の事故は、国や東京電力の情報隠しが混乱を広げ、国際的な信用も失墜させた。チームをつくり、広範な調査権を与えたい。

 今後、事故原因や初動対応、情報公開の在り方をはじめ、原子力政策全般が徹底検証されるだろう。それには原発内の計測データや手書きメモ、打ち合わせ記録などあらゆる資料や証言が重要。決して散逸させてはならない。偏った資料に基づく議論は客観性を欠き、政治の影響も受けやすい。危険だ。

 もともとヒストリアンの有用性を痛感したのは、核軍縮の調査・研究活動の中で、過去の戦争の記録を調べたときだ。欧州では古くから戦意高揚のための広報担当とは別に、軍内で訓練されたヒストリアンを軍に同行させた。事実を記録し、保存する重要性を認識していたからだ。資料や文書が豊富に残されていれば、後世の人間が多角的に検証できる。

 原爆投下後の広島の場合でも、もし知識があり、意識も高いヒストリアンがいれば、被爆者の証言や直後の気象状況などを集積できただろう。今も検証が続く「黒い雨」の実態解明などに、その記録が重要な意味を持ち得た可能性がある。

自由にアクセス

 福島へのヒストリアンの投入は、事故や影響の検証のためだけではない。これから国民一人一人が放射線の影響や原子力の在り方を考え、行動しなければならない。そのためには客観的で広範囲に及ぶ情報に自由にアクセスできる環境が欠かせない。日本の民主主義の姿勢も問われている。(山本洋子)

うめばやし・ひろみち
 1937年、兵庫県生まれ。東京大数物系大学院博士課程修了。東京都立工科短大助教授などを経て97年にピースデポを創設。2000~08年に代表を務めた。横浜市港北区在住。

(2011年9月1日朝刊掲載)

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