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3.11とヒロシマ

『フクシマとヒロシマ』 第5部 今やるべきこと <6>

NPO法人ヒューマンライツ・ナウ事務局長 伊藤和子弁護士

人権保障 国際基準で

 福島第1原発事故で、これまでに広島原爆の168・5個分に相当する放射性セシウム137が拡散した。周辺住民は、憲法が保障する「健康で文化的な最低限度の生活を営む」権利を深刻に脅かされている。国は、住民保護の基準とする年間被曝(ひばく)量を20ミリシーベルトから1ミリシーベルトに引き下げ、住民の健康を守るため、あらゆる措置を取るべきだ。

 私たちのNPO法人はアジア地域などで暴力や貧困などの人権侵害を調べ、国連や各国政府に解決策を提言してきた。

支援態勢に不備

 原発事故後、福島県では南相馬市などで被災者の避難状況を調査した。その中で、被災者への支援が、国連の「国内避難民」の基準を満たさない状況が浮き彫りになった。食糧や水の供給、避難所の居住空間の不足、情報提供の不徹底などだ。

 避難所間にも格差があった。放射線量が高い地域なのに、エアコンがないために窓を開けるしかない施設も目の当たりにした。仮設住宅への入居が難しい高齢者や障害がある住民が避難所に残ったり、自殺する人も出たりした。国や自治体に対して問題を指摘し、改善勧告をしてきた。

 そもそも国は事故直後、汚染拡大を公開しなかった。人権保障の重大な義務違反といえる。今も避難区域外では公的支援が乏しく、国民の命は軽んじられていると感じている。

 1986年のチェルノブイリ原発事故後、旧ソ連は「1ミリシーベルト基準」で住民保護をした。年間被曝量が5ミリシーベルトを超える地域では強制移住措置を取り、1ミリシーベルト超の地域でも、住民が自主的に避難を選んだ場合に就業、医療支援や生活補償などを実施した。

旧ソ連にも劣る

 一方、日本が示した避難指示の目安は20ミリシーベルト。区域外で自主避難した住民をどうケアするかについてはいまだに明らかにしていない。住民保護の水準は、四半世紀前の旧ソ連にさえ劣っていると言える。

 低線量の放射線が人体にどのような影響を及ぼすかは未知数だ。例えば、広島、長崎の原爆投下後の残留放射能が引き起こした内部被曝などの影響。これを過小評価してきた国は、原爆症認定訴訟で相次いで敗訴した。

 放射能汚染は、多くの住民の健康、暮らしを足元から脅かしている。国は広島、長崎を教訓に、福島で国民の人権を守るため、考え得る最大の措置を取らねばならない。=第5部おわり(山本洋子)

いとう・かずこ
 1966年、東京都生まれ。早稲田大法学部卒。1994年に弁護士登録。キューバ・グアンタナモ米海軍基地の人権問題や、劣化ウラン弾の問題に取り組む。2006年、ヒューマンライツ・ナウを設立。東京都世田谷区在住。

(2011年9月2日朝刊掲載)

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