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社説・コラム

『言』 天安門事件から25年 地方からの社会変革に期待

◆横山宏章・北九州市立大大学院教授

 北京の天安門事件から4日で25年が過ぎた。経済大国になったものの、民主化が進まないばかりか、経済格差や少数民族問題を深刻化させている。近著「中国の愚民主義」がある北九州市立大大学院教授の横山宏章さん(70)は、問題の根源に伝統的な「賢人支配」をみる。中国社会の現状や悪化した日中関係の打開策を聞いた。(論説委員・田原直樹、写真も)

 ―今の中国をどう見ますか。
 25年前と今で、政治状況は基本的に変わりません。当局は6月4日の直前に活動家や弁護士らを拘束して騒ぎの芽を摘みましたが何とも姑息(こそく)ですね。問題の本質を捉える姿勢がない。

 経済的な豊かさが得られたためか国民の間には、事件を蒸し返してもむだ、という空気も漂う。天安門を知らない世代が、当時立ち上がった学生らの年齢になり、運動に関心を示すか注目されますが、今のところ目立った動きはなさそうです。

 ―民主化を求める機運は絶えたのでしょうか。
 経済的に豊かになれば民主化が進むのではなく、実際は社会にひずみが表れてきました。

 共産党幹部らの腐敗がはびこり、格差は広がるばかり。農民が開発のため土地を取り上げられる。これらの根源が一党独裁です。中国では100年余り前の辛亥革命の頃から「愚民主義」で統治が行われています。愚かな人民大衆に代わり、賢人のエリートが国を造る思想は、国民党時代から共産党に移っても同じです。根底にある統治システムが、人権侵害をはじめ社会矛盾を生じさせています。

  ―今や豊かな人民もそれを認めているのですか。
 大衆は愚民だという意識を一定の層が持っています。いい生活ができる自分たちは努力して成功したのであり、愚民ではない。貧しい人は努力が足りず、自業自得だというわけです。ただ中国が発展し続けるとは考えず、不安もあるようです。いつまで成功者でいられるかと。

 ―変革を求める動きは表れませんか。
 多くの若者が留学し、民主的な思想に触れています。私も指導していますが、彼らは帰国後、祖国の現実に直面するでしょう。社会的弱者を取り巻く矛盾を分析し、解決策を考える人もいるはずです。政府は、大衆参加の政治体制など中国には合わないと押し切ってきた。だが問題を見抜き、対処する力を備えた若者がどう出るか。そこに光明を見るしかありません。

 ―留学経験がいずれものをいうと。
 社会変革にはデモなどの動きが必要と考えがちです。でも天安門を振り返ると、学生の運動が流血の悲劇に終わり、反動政権を生み出す結果になった。街頭で運動を起こすより、中国社会の意思決定システムを変えることが重要です。留学で得た知識、経験を役立ててほしい。

 ―どう生かすのですか。
 留学生が皆、エリートの道を歩むわけではないでしょう。地方で教員や公務員などになる人が大半のはずです。そこで腐敗や理不尽な政策を、どう告発し、対抗するのが効果的かを考え、行動する。そういう活動から、地方における意思決定レベルを共産党エリートだけでなく、人民が参加できるものに少しずつ変革するのです。そういうところに成果が出るのではないか。半分、期待を込めて留学生を指導しています。

 ―高まる反日感情に、日本はどう対応すべきでしょうか。
 国家が関係悪化したときは民間レベルで努力する以外ない。私たちも息の長い民間交流、学術交流を積み上げてきました。ところが、いつも積み木崩しです。政治家が失言し、築き上げた信頼関係を崩すんです。日本の政治にも問題があるといわざるを得ない。中国を非難するだけではなく、自問すべきです。

 ―何が足りないのですか。
 相手をおもんぱかる心ですね。自国の利益を守るのは当然でしょうが、同時に相手の立場への配慮も必要です。いわば民族、政府の品格の問題です。今は双方とも欠いています。中国とのパイプを持った政治家が次々に引退しており、若い政治家が新たに関係を築くしかない。互いに礼節を持って努力すべきです。

よこやま・ひろあき
 下関市生まれ。一橋大大学院法学研究科博士課程を経て法学博士号取得。専門は中国政治外交史。明治学院大、県立長崎シーボルト大などで教授を務め、2005年から現職。著書に「素顔の孫文」「天安門の悲劇」「反日と反中」など。北九州市立大アジア文化社会研究センターで中韓などの研究者とともに、アジアの歴史認識について考えるプロジェクトを進めている。

(2014年6月18日朝刊掲載)

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