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社説・コラム

憲法 解釈変更を問う 歌手・加藤登紀子さん 9条守り不戦国発信を

立ち位置 今こそ大事に

 集団的自衛権の行使容認に前向きな安倍晋三首相の言葉を聞いていると、「国民の命を守るために戦争の準備をする」と言っているように思える。でも、それはおかしな論理。平和を守るためには、平和こそ準備しないといけない。

 イラクやアフガニスタンの復興への日本の貢献を見ても分かるように、憲法9条による不戦国という立場と宗教的な中立性によって、日本は世界の中で他国にはできない大切な役割を果たせている。この立ち位置を今ほど大事にしなければならない時代はない。過去の戦争で中国、韓国に残した深い傷を広げるようなこともしてはいけない。

 東京大在学中にシャンソンコンクールで優勝したのをきっかけに1966年デビュー。「知床旅情」「百万本のバラ」のヒット曲で知られる。「音楽・九条の会」の呼び掛け人になるなど平和活動にも積極的に取り組んできた。その源流は、生まれ故郷の旧満州(中国東北部)にある。

 第2次世界大戦が終わった時、父は戦地に出ており、母と私を含む3人の子どもが旧満州に取り残された。母は中国人やソ連兵と向き合って、コーリャンなどの食糧を配給してもらい、子どもたちを守って引き揚げることができた。国が守ってくれたわけではない。母からは、国と国ではなく、人と人の関係の大切さを言い聞かされてきた。

 戦後69年になるが、そういう歴史のディテールを語り継いでいかないといけない。1人ずつの命が集まって国になる。大きな意味で、国は人の命よりも大きいものであってはならないと思っている。

 2000年から国連環境計画(UNEP)親善大使に就き、発展途上国の草の根レベルの環境保全活動で日本人が貢献する現場を見てきた。

 かつて日本は経済だけの国で「エコノミックアニマル」と言われていた時代もあったが、今は違う。貧しい地域に入り、農業の知恵を広めたり、新しい生活の可能性を切り開いたりして活躍する日本人が地球の隅々までいる。日本が尊敬されるきっかけをつくってくれている人たちの努力を頭ごなしに無にする政治が行われている。

 集団的自衛権の行使を容認し、戦争にいつでも加担するぞという姿勢を示し始めれば、日本はいつでもテロに狙われる国になる。狭い国土に原発がひしめく日本は、テロに弱い。電源を喪失すれば、取り返しがつかない事故になるのは福島第1原発が証明した。そんな恐ろしい選択をするべきではない。憲法9条を必死で守り、不戦国であることを世界に発信し続けていかなければいけない。

 かつて韓国でのコンサートで「鳳仙花(ほうせんか)」という歌を韓国語で披露した。日本が侵略した時の抗日歌。今は国内でも歌う。聞く人とともに、戦争という時代の傷痕を理解しながら乗り越えたいとの願いを込めている。戦争を知っている世代として、私も歌手として懸け橋になっていきたい。(聞き手は藤村潤平)

(2014年6月19日朝刊掲載)

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