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連載・特集

緑地帯 私とクルドとイラク 玉本英子 <3>

 トルコでクルド人の取材を始めたが、素人の私に初めから発表の場があるはずもない。派遣社員として働き、お金がたまると現場へ戻ることを繰り返しながら、フリーランス記者集団のアジアプレスに入り、少しずつ成果を公にする機会を得ていった。

 経験を積むうちに他の地域にも関心がわいた。2003年からはフセイン政権崩壊後のイラクへ通い始めた。

 04年4月、日本人3人がイラクで武装勢力に誘拐される事件が起きた。その頃、私はバグダッドのある地区で、自らをムジャヒディン(イスラム戦士)と名乗る男たちと接触していた。

 彼らは私に言った。「自分たちが米軍を許さないのは自分の家族を殺され、誇りを傷つけられたからだ」。その1人が家に招いてくれたことがあった。浅黒い顔の40代のモハメッドは、商店街のスポーツ用品店の店主。居間では小5の娘と幼い弟がテレビのアニメを見ていて、奥さんがスポンジケーキを焼いてくれた。

 当時、イスラム武装勢力は米国人の捕虜を斬首し、映像をインターネットで公開した。私は「こんな残酷なことがあっていいのか」とモハメッドに問うた。しかし彼は「当然の報いだ。米軍はこの何千倍ものイラク人を殺したのだから」と言い切った。

 地区では、モハメッドのような普通の人たちが次々に銃を取っていった。被害者が次の日には加害者になり、勝者などどこにもいなかった。人々の数え切れない悲しみと憎しみだけが残される。それが私の見た戦争だった。(ジャーナリスト=大阪府豊能町)

(2014年9月13日朝刊掲載)

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