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戦争被害受忍論再考の時 基本懇意見書30年

■記者 岡田浩平

   国の被爆者対策を方向付けた「原爆被爆者対策基本問題懇談会」(基本懇)の意見書の提出から今月で30年。公開された議事録からは、市民の戦争被害を補償せずに被爆者を区別、救済する理由付けに腐心した跡がうかがえる。一方で、原爆被害を正面から捉えた議論は見あたらない。被害の「受忍」を国民に求める国の戦後処理の在り方は、再考が求められる。

 被爆者対策は国の責任に基づく国家補償か、弱者救済の立場にたった社会保障か―。1979年6月から1年半、14回に及ぶ会議の大きな論点だった。

 国はそれまで被爆者対策を「特別の社会保障」としてきた。第1回会議で橋本龍太郎厚相(当時)は「国家補償の対象にすると一般の戦災犠牲者にも広がりはしないかということを大変恐れていた」と警戒感を示した。

 その橋本氏が「相当なショックだった」と打ち明けた前年の最高裁判決。原爆医療法(57年制定)を「国家補償的配慮が制度の根底にある」とした。

 「国家補償という広い言葉の中には、特別の犠牲に相当の補償をする考え方がある」(第3回会議)「2発の爆弾で本土決戦が避けられたことと、放射線という特別の影響を持つという2点でほかの戦災と区別できる」(第9回)

 委員の議論では、判決も踏まえ、原爆は戦争終結の直接的契機▽放射線による健康障害―を理由に「広い意味での国家補償」として「相当の補償」をするという流れが早くに固まっていた。

拡大に「歯止め」

 一見、救済が進むかのように読めるが、委員は空襲や沖縄戦にたびたび触れ、対策の拡大に「歯止めをかける」「今までのような不合理を認めない」などと発言。第10回会議では、公衆衛生局長が日本被団協などが求める「援護法」を「絶対にのめない」と述べた。結局、意見書は「国家補償の見地」の対策を求める一方、国の完全な賠償責任を否定。他の戦災被害者との「著しい不均衡が生じてはならない」とも明記された。

 結論の背景には、戦争時の国民の生命、身体、財産についての犠牲を「国民が等しく受忍しなければならない」という「受忍論」がある。意見書も基本理念に盛り込んだ。

国の責任問わず

 今月12日。日本被団協が東京都内で開いた基本懇を考えるシンポジウムは「受忍論」がテーマだった。被爆者問題に詳しい一橋大の浜谷正晴名誉教授は「委員がそもそも国の責任を問わない、国民は我慢すべきだとの立場だった」と指摘した。

 基本懇の委員の発言からは、被爆者への理解の欠如も浮かぶ。被団協が原爆小頭症の患者の現状を訴えても「センチメンタルなものを長々と読み、時間を浪費した」。被爆地域の拡大要望を「極端な言葉で言えば、さもしい根性の一つ」…。

 同じシンポで「原爆被害に対する国家補償」を求める被団協の田中熙巳(てるみ)事務局長も「命、体、心、暮らし、すべてに被害をもたらしたのが原爆だ」と悔しさをにじませた。

 厚労省は基本懇の意見書を今も被爆者対策の「源」とする。しかし、原爆症認定制度や「黒い雨」地域の問題などに向き合う上で、30年前の意見書の道理はもはや見えにくい。


全国空襲被害者連絡協共同代表 前田哲男さんに聞く


差別なき補償へ連携を

 空襲被害者への国家補償の実現を求めて8月に結成した「全国空襲被害者連絡協議会」の共同代表の一人、ジャーナリストの前田哲男さん(72)は戦争被害者の連携の重要性を強調する。

―国の戦後補償の問題点は。
   一般市民の戦争被害は受忍論で「等しく国民が受け持つべきだ」とされ、補償の対象になっていない。被爆者も放射線被害で例外、限定化され、真の意味の国家補償の援護法は今日まで実現していない。  第2次世界大戦は、空襲被害にみられるように兵士と市民、前線と銃後の境がない「皆殺し戦争」だ。特に原爆は都市を抹殺する。そういう戦争で、受忍は仕方ないという説明は成り立たない。

―どういう補償をするべきですか。
   欧州各国の戦争被害の補償例をみると、国民であれば軍人だろうが民間人だろうが問わない。国内、国外も問わない。国は受忍論を改め、差別なき国家補償をすべきだ。

―戦後65年たった今、空襲被害者が連携する意義は。
   被爆者運動が国の受忍論を転換させるトップランナーだった。一方、各地の空襲被害者も残酷な被害を抱えながら大きな運動にならなかったのは、戦争時には全国どこにでもあったというあきらめがあったのではないか。21世紀に入ってようやく個人の尊厳の問題として被害を伝えたいと思い始めている。協議会は同じ被害者同士できちんとした運動に取り組むのが狙いだ。

原爆被爆者対策基本問題懇談会
 1979年6月、厚相(当時)の私的諮問機関として設置された。委員は座長の茅誠司・元東大学長ら7人(いずれも故人)。80年12月11日に意見書を提出した。厚生労働省で見つかり、昨年12月に公開された基本懇の資料は全14回の会議のうち、第11、14回分を除く12回分の議事録や資料など829ページ。政治家、官僚以外の名前は黒塗りになっている。

(2010年12月19日朝刊掲載)

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