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社説・コラム

『論』 アウシュビッツに学ぶ 若手ガイド育てる視点を

■論説委員・東海右佐衛門直柄

 うずたかく積まれたかばん、髪の毛…。数カ月前、ポーランドのアウシュビッツ強制収容所跡にある国立博物館を訪れた。おびただしい遺品を前にして、身が震えた。小さな靴の一つ一つが、悲劇を訴えかけてくる気がした。

 もうひとつ、心にずしり響いたことがある。史実を次世代に継承するこの国の取り組みだ。

 260人もの館内ガイドが、見学者たちに同行し、ホロコーストの背景を詳しく説明していた。以前は収容所の生還者が案内役だったが、高齢化で困難になったという。代わりに活躍する公認ガイドは「教育係」と呼ばれ、ポーランド語のほか英語、ドイツ語など十数カ国の言語で対応していた。

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 ただ一人の日本語ガイド、中谷剛さん(48)に話を聞いて驚いた。

 ガイドの採用には、難しい筆記試験と実技試験が課せられるという。事前に読んでおくべき文献リストも多く、パスするには少なくとも数カ月の準備が必要らしい。

 採用後も引き続き専門教育を受けなければならない。年間で約2カ月にわたって、歴史や政治などの講義があるほか、話し方についても特訓を受けるという。

 実は、彼らはボランティアではない。見学者の多くが依頼するガイド料の一部が、報酬になる仕組みという。フルタイムで若手の月給は約10万円になる。物価が日本の3分の1程度の同国では、そう少ない額ではなさそうだ。

 「正確に歴史を伝えるため、若手にプロフェッショナルな訓練を施し、伝承者となってもらわなくては」。バルトシュ・バルティゼル広報部長の言葉が腹に落ちた。

 広島市の原爆資料館との違いを考えずにはいられない。

 原爆資料館の案内役は、ピースボランティア約220人が担う。平均年齢は63歳で、最高齢は86歳。被爆者は40人である。

 体をいたわりながら懸命に案内する様子を見て、敬服する。ただ同時に、若い世代を育てていく視点は、アウシュビッツと比べて遅れているようにも感じる。

 ピースボランティアは公募制だ。無報酬ということもあり、シニアが中心になる。志の高い若手が入っても、修士論文などの執筆を目的とすることも多く、長続きしないケースがあるという。

 若手が育たないため、多言語による発信も十分とはいえない。現在、対応する外国語は英語が中心で、知識や伝える技術もメンバーの間で個人差があるという。

 「研修を強化し、同時にある程度有償化して、やる気のある若手を育てるべきではないか」。ある古参メンバーはこう提案する。

 一方で、ガイドを有料化することについては、難しい問題が多々ありそうだ。

 日本では公立博物館の案内はボランティアが担うのが一般的である。恒久平和を訴える資料館の案内は、奉仕の精神で行うべきだ、との考え方も理解できる。

 ただ、手弁当のままでは若手のガイドが大きく増えることはなかろう。このままでは、活動が先細りになる恐れも否定できない。

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 それ以外の手を打つべき時ではないだろうか。例えば、ガイドのさらなる研修と、ある程度の謝礼の原資を賄うため、市からの公金投入を検討することである。資料館の大人50円の観覧料の値上げも検討の余地はあろう。長崎市の原爆資料館は200円である。

 あるいは地元企業のメセナ活動を募り、関心ある社員には研修を経て、月数回ガイドになってもらう取り組みも考えられよう。

 広島市は、被爆体験を後世に引き継ぐ「伝承者」の養成を進めている。この伝承者と、ガイドとをつなぐ取り組みも必要だろう。

 来年は、原爆投下から70年を迎え、被爆者はますます高齢化する。被爆地の発信力を低下させないためのプラン作りは急がなければならない。建物のリニューアルを進める資料館だが、ガイドの将来的な在り方と育成についても市民挙げて議論が深まってほしい。

 人類は二度と核兵器を使ってはならない―。ガイドを通じ、国内外の観光客に訴えをさらに広める。その戦略を講じることも、大切な「継承」である。

(2014年12月28日朝刊掲載)

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