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没後50年 輝くジュノー 平和公園で記念祭 市長、子孫に感謝状

■記者 藤村潤平

 被爆直後の広島に15トンの医薬品を届け、自らも治療に当たったスイス人医師マルセル・ジュノー博士(1904~61年)をしのぶ記念祭が19日、広島市中区の平和記念公園南の顕彰碑前であった。没後50年に当たる節目のセレモニー。松井一実市長が広島市長として初めて出席し、スイスから訪れた博士の子孫に感謝状を贈った。

 県医師会や日本赤十字社県支部などでつくる実行委員会が毎年開き、今年で22回目。松井市長のほか、日赤の近衛忠煇(ただてる)社長、ウルス・ブーヘル駐日スイス特命全権大使たち約300人が参列した。

 松井市長は「多くの被爆者に生きる勇気と希望を与えてくれた」と功績をたたえ、博士の長男ブノワさん(65)と孫のマクシミリアン君(7)に感謝状を手渡した。ブノワさんは「父が訴えた核兵器廃絶が進まない一方で、先進国は(原発など)核エネルギーに依存した。福島の事故は、人類に対する核の危険性の忠告だ」とあいさつした。

 赤十字国際委員会駐日首席代表だったジュノー博士は1945年8月9日、米国人たち連合軍捕虜の帰国支援を目的に来日した。被爆地の惨状を知り、任務外の医療支援に尽力。届けられた医薬品の中には、貴重なペニシリンなどが含まれていた。46年の帰国後は、原爆の非人道性などを訴えた。

(2011年6月20日朝刊掲載)

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