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政治性・芸術性…どう判断 戦争画と「原爆の図」テーマ 広島でシンポ

 第2次世界大戦中に画家たちが描いた戦争画と、戦後、丸木位里・俊夫妻が被爆の惨状を描いた「原爆の図」。前者は戦後に「戦争賛美」などと批判され、後者は「反戦平和の象徴」として、政治的側面からは語られながら、長い間、芸術として十分な評価がなされてこなかった。戦後70年のいま、私たちはどう向き合えばいいのだろうか。

 そのヒントを探るシンポジウムが、「戦争と平和展」(中国新聞社など主催)を開催中の広島県立美術館(広島市中区)であった。「戦争画と『原爆の図』をめぐって その政治性と芸術性の問題」と題し、美術史家や学芸員ら4人が意見を交わした。

 戦争画に詳しい美術史家平瀬礼太さんは、美術史で「空白」「不毛」とされてきた戦中に数多くの美術展が開かれていたと紹介。「戦争画は戦中から戦後にかけ、さまざまな思惑で公開されたり、されなかったりしてきた。芸術と社会、文化、政治がどう関わっていくべきなのか考える契機になれば」と話した。

 占領期の「原爆の図」巡回展の調査を続ける、原爆の図丸木美術館の岡村幸宣学芸員は、芸術と政治が密接に関わった当時の社会状況を説明した。「原爆の図」が映画や幻灯など多メディアに展開された点にも触れ、「丸木夫妻による抵抗の絵画を、大衆が反戦平和の象徴に押し上げた。時代や見る人によって、新たな読み込みをされ政治的課題を背負う宿命にある」と分析。「われわれはつい、政治か芸術かと、近代社会の枠組みで捉えようとするが、『原爆の図』にはそれを外れた不思議な特性がある」と語った。

 「画家に、戦争遂行に協力する目的があったのか、芸術的名作が残したかったのか本心は分からない」。戦中に描かれた絵画を示しながら疑問を投じたのは、広島大大学院の西原大輔教授。「戦後の教育で育った私は、初めて藤田嗣治の戦争画『アッツ島玉砕』を見た時、反戦画だと思った。芸術をどう解釈するかは、画面の内側ではなく外側にある問題」と指摘した。

 大井健地・広島市立大名誉教授も「芸術的評価に関係なく、広く受け入れられている作品がある。芸術かそうでないか白黒はっきりさせればいいというわけではない」と述べた。シンポは広島芸術学会との共催。ふくやま美術館の谷藤史彦学芸課長が司会を務め、約90人が耳を傾けた。

 「戦争と平和展」は、19世紀初頭のナポレオン戦争や二つの世界大戦、広島・長崎の体験に向き合った芸術家の約160点を紹介している。9月13日まで。(森田裕美)

(2015年8月29日朝刊掲載)

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