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社説・コラム

社説 安保法案 採決へ 「なぜ必要」納得できぬ

 「決めるべき時には、決めなければならない」と、安倍晋三首相は重ねて口にしてきた。果たして今がその時なのか。政府与党は平和国家の足元を揺るがす安全保障関連法案を、強引に採決しようとしている。

 大型連休の前にどうしても決着をつけたいのだろう。きょう限りで参院の審議を打ち切ることを一方的に決めた。

異論に耳貸さず

 根強い異論にも耳を貸すそぶりはない。きのうの中央公聴会で学生たちの団体「SEALDs(シールズ)」の奥田愛基(あき)さんが訴えた言葉は重い。「国会審議を延ばしても国民の理解を得られなかったのだから可決は無理」。8割以上が説明不足だと指摘していた世論調査の結果とも重なる。

 審議が衆参合わせて200時間を超えたのに、理解が得られないのはなぜか。首相はそこに思いをはせるべきだ。安保法案がなぜ必要なのかさえ、いまだに説得力のある答弁を聞けていないからだろう。

 そもそも集団的自衛権は、本質的に攻撃を受けた他国を助けるためのものである。しかし法案では日本の国民の生命や権利に明白な危険が迫る「存立危機事態」でないと行使できない。日本を守るための集団的自衛権なのである。その考え方自体に無理があるのではないか。

 現に政府はここに至っても納得のいく事例を示せていない。象徴的なのが中東のホルムズ海峡の機雷除去に参加できるかどうかの議論だ。政府側はこれまで何度も可能としてきた。しかし審議が大詰めのおとといになって、首相はついに「現実問題として発生することは具体的に想定していない」と現実的な例でないことを認めた。

 今までの議論は何だったのだろう。あきれてしまう。

イメージできぬ

 集団的自衛権をどのように使うのか、私たちはイメージできていない。参院審議に入ってから海洋進出に野心を示す中国の脅威をことさら強調する場面も目立ったが、個別的自衛権ではなく集団的自衛権を持ち出す必要があるのか。

 11本から成る法案には疑問がいくつもある。平時から自衛隊が米軍の艦船などを守る「武器等防護」もその一つだ。自衛隊法の改正によって、国会承認の手続きなしで自衛隊が米艦を守るために武器を使えるようになる。民主党議員が「集団的自衛権の裏口入学」と批判したように歯止めに欠けよう。

 国際平和支援法案も重大な問題をはらむ。イラク支援のような「非戦闘地域」でなくても海外で戦う他国軍に対し、自衛隊が「後方支援」できるようにする。さらに不可能だった弾薬の補給も可能とする。自衛隊の活動範囲は大きく広がる。

 日米両政府は4月に日米防衛協力指針(ガイドライン)を改定し、自衛隊の米軍への協力を地球規模に拡大した。それと照らし合わせると安保法案は日本を守るというより、むしろ「米軍と一体になって自衛隊が海外で武力行使ができる」という性格が浮き彫りになってくる。

米側の顔色見る

 与党が強行採決という強引な姿勢を貫こうとするのは、首相が米議会で安保法案の成立を約束したからではないか。米側の顔色ばかりうかがい、日本の国民をないがしろにする発想は、やはり理解し難い。

 戦後70年、私たちは不戦を誓い、憲法9条の下で平和国家を育んできたのではなかったか。  その憲法に違反するというさまざまな声は無視し、安全保障のありようを百八十度変える法案はこれからの日本の歩みも妨げるものにならないか。

 というのも戦争を放棄した国として信頼を集めてきた日本に対する諸外国のまなざしも一変させかねないからだ。紛争地域での難民支援に従事している日本の非政府組織(NGO)から「敵対感情を生みかねない」との懸念が出るのはもっともだ。

 だからこそ強行採決などもってのほかだ。日本にとって今すぐ必要とは到底思えない法案である。今国会での成立は、断念するのが筋ではないか。

(2015年9月16日朝刊掲載)

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