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社説・コラム

社説 安保関連法成立 今こそ立ち止まりたい

 不戦の誓いから出発した戦後日本の姿を変える安全保障関連法が成立してしまった。未明のテレビ中継で可決された瞬間、この国はどこにいくのかと不安に駆られた人も多かろう。

 戦後の安全保障政策の流れはこれで大きく転換し、自衛隊の海外活動が際限なく拡大する道が開けたことになる。

 とりわけ集団的自衛権の行使を容認したことは憲法9条に照らしてやはり問題がある。歴代の自民党政権が口にはすれど踏みとどまってきたもので、その一線を越えようとする安倍政権が数の力で異論を押し切ったことは残念極まりない。

 憲法をないがしろにしたと言われてもおかしくない政治の姿は海外の目にどう映ったか。

 なのに成立の日に、政府は待ってましたとばかりに自衛隊が武器使用できる状況や手順を定めた部隊行動基準の見直しを始めた。国連平和維持活動(PKO)などを想定したものだ。

 国民の理解が進んでいないことは政府与党も認める。列島各地で法成立に抗議する動きがきのうも相次いだ。安倍晋三首相自身も「誠実に粘り強く説明する」と述べたではないか。一連の法律はあくまで「できる」であり、すぐ実行に移さなければならないわけではない。

 法成立で私たちが懸念しているのは現場の自衛隊員のリスクである。国会答弁では政府側は「増えない」と繰り返してきたが、これほど任務や武器使用の範囲が広がると危険にさらされる可能性は当然あろう。

 発足以来、一人の「戦死者」も出ていない自衛隊の歴史が揺らぎかねない。一線の自衛隊員やわが国の防衛という仕事を志す若者たちに、その覚悟がどこまであるだろうか。

 象徴的なのはPKOで新たな任務となる「駆け付け警護」だろう。ゲリラなどに襲撃された他国軍や国連関係者の救出を想定するが、危険が大きい上に、人に向けて引き金を引くなら精神的な負担は計り知れない。防衛省はアフリカの南スーダンで活動中のPKO部隊に早速適用するとの見方もある。あまりにも拙速ではなかろうか。

 他国軍への弾薬・燃料補給といった後方支援もそうだ。自衛隊の活動範囲を「非戦闘地域」から「現に戦闘行為が行われている現場以外」とした。実に曖昧な線引きで、紛争や戦争の相手側にすれば武力行使と同じと捉えかねない。イラクなどへの自衛隊派遣では隊員は無事だったが、この拡大によって後方支援というもののリスクが格段に高まるとみていい。そもそも海外の物差しでは後方支援と武力行使の区別はないに等しい。

 政府の前のめり姿勢には米国の意向も反映されていよう。日米同盟の重要性は私たちも否定しない。しかし日本が主権国家として国民世論を第一に考えるのは当然のことだ。

 憲法学者らの呼び掛けで、100人規模の原告団による東京地裁への違憲訴訟が準備されている。同様の訴訟は各地で広がるだろう。こうした動きを全く無視して法施行とそれに伴う準備に突き進むようでは世論との乖離(かいり)が大きくなるばかりだ。

 政府は法律ができた今こそ立ち止まって考えてほしい。少なくとも違憲の疑いが強く指摘される集団的自衛権の行使はすぐにも凍結を宣言すべきだ。

(2015年9月20日朝刊掲載)

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