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社説・コラム

<評伝> 福島菊次郎さん 権力と対峙 最期まで 戦争体験背景 「矛盾」写す

 報道写真家として、反権力の視点から戦後日本を撮り続けた福島菊次郎さん。社会の矛盾をあぶり出す反骨精神の根底には、徴兵された広島の部隊で「ぼろ切れ扱い」を受けた戦争体験があった。権力と対峙(たいじ)する姿勢は、亡くなる直前まで衰えなかった。

 ことし6、7月、戦時中の話をうかがうため柳井市のアパートに通った。福島さんはがんで胃の3分の2を摘出。94歳の体は痩せ、一日の大半をベッドの上で過ごす日々を送っていた。

 戦争体験は壮絶だった。20代前半で、馬での物資輸送を担う陸軍輜重(しちょう)兵として入隊。訓練に乗じた古参兵による虐待が、初年兵を待っていた。

 「僕たち2等兵は階級社会の最底辺。毎日ぶん殴られ、地獄だった」。敗戦直前、爆雷を背負って海岸線で米軍の戦車を迎え撃つ「自爆」を命じられた。宮崎に向かった1週間後、米軍が広島に原爆を投下。被爆を免れた。

 戦いを指示する者と、命令に従って犠牲になる者の構図を身をもって知った。戦争に負けたのに「終戦」と偽ったことから「戦後のうそが始まった」と指弾した。その広島で原爆の後遺症に苦しむ被爆者と家族を追ったのが写真家としての原点。公害や原発問題など戦後史の裏側にレンズを向けた。自衛隊の兵器製造の実態を告発した写真集の発表後、暴漢に襲われ、自宅も何者かに放火された。

 今月19日未明に成立した安全保障関連法。歴代政権が禁じてきた集団的自衛権の行使を可能にする。取材時は国会での審議が本格化した最中だった。話を向けると、「(戦争放棄を定めた)憲法9条の理念が否定されている。自分の最期にこういう時代を迎えるなんて。毎日横になっているしかないのが痛恨の極み」と声を絞り出した。

 福島さんが、日本の未来へにらみを利かせるために残したのだろうか。数々の作品群のネガ二十数万枚をデジタルデータ化する道筋を7月につけた。「この国を問うた写真が、僕の死後もずっと生き続けてほしい」。その言葉が忘れられない。(井上龍太郎)

(2015年9月26日朝刊掲載)

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