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連載・特集

「想定外」への対策急務 再稼働する伊方原発 リスク点検

 瀬戸内海の対岸にある四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)が年明け以降に再稼働する見通しになった。愛媛県の中村時広知事と伊方町の山下和彦町長が26日までに同意を表明した。新規制基準に基づく審査を通った原発の再稼働は、九州電力川内(せんだい)原発(鹿児島県薩摩川内市)に続き2例目となる。だが、伊方原発の北の沖合には、日本最大級とされる活断層「中央構造線断層帯」があり、巨大地震などで過酷事故が起きれば、瀬戸内海を汚染する恐れも指摘されている。伊方原発が抱えるリスクを点検する。(河野揚、山本和明)

■巨大地震

四国電「設備の耐震性確保」

 伊方原発を襲う津波について、四国電は中央構造線断層帯による巨大地震と敷地付近の地滑りが重なった場合でも最大で海抜8・1メートルと想定する。近い将来、起きると予想されている南海トラフ地震による津波は海抜2・5メートルとみる。

 四国電は原発が高さ10メートルにあるため、「津波の影響を受ける恐れはない」とする。万が一に備え、重要設備がある建物の扉や配管を工事して防水性を高めた。

 だが、原子力規制委員会は3号機の再稼働について審査する過程で「大きな断層の近くに立地しており、南海トラフ地震も心配」と指摘した。全国の原発の中でも地震の揺れのリスクが高いとの見方もある。

 四国電は断層の長さを54、69、130、480キロと複数のパターンを想定。54キロを基準に地震の揺れの最大値を570ガルとしてきた。規制委の指摘を受け、想定する揺れの最大値を650ガルに引き上げた経緯がある。さらに愛媛県に要請され、「重要設備はおおむね千ガルの耐震性を確保している」と説明する。

 緊急時対策所も専用の建屋を新築した。「何かあれば、ここに集まって対応する。地震に対して頑丈な造りにしている」。伊方原発の増田清造所長は21日、視察に訪れた林幹雄経済産業相に強調した。

 それでも想定外の巨大地震を懸念する地元住民は多い。過去にも東京電力柏崎刈羽原発(新潟県)や東北電力女川原発(宮城県)で、各社の想定を超える地震に見舞われた。

 四国電は南海トラフ地震が起きた場合でも原発の揺れは650ガルを下回るとする。広島大大学院の奥村晃史教授(地震地質学)は「650ガルを超える地震が起きる可能性は低いが、リスクがゼロとはいえない。何らかの原因で想定を上回る巨大地震が起きても、対応できる安全対策が必要」との考えを示す。

■避難計画

受け入れ 詳細未定

 愛媛県は6月、広域避難計画を見直した。原発から30キロ圏内の人の避難先に、従来の愛媛、山口、大分県に加え、広島県も候補にする方針を盛り込んだ。しかし、広島、山口の両県とも具体的な受け入れ方法は決まっていない。

 山口県は避難先に学校や体育館など843カ所を想定する。愛媛と大分で受け入れきれない場合に避難先となる。だが、県防災危機管理課は「決まっているのは施設だけ」と明かす。

 避難ルートは、松山市と柳井市を結ぶフェリーなどが考えられる。運航する防予フェリー(柳井市)の担当者は「定期便3隻のほかに予備の船はない。本当に避難者を運べるかどうかは分からない」としている。

 広島県は、受け入れ候補の施設すら決めていない。県危機管理課の井手野下浩参事は「愛媛県から要請があれば、対応を検討する」と説明する。

 広島県の受け入れ方法が未定なまま再稼働してはならないとして、複数の広島県民が再稼働反対の請願を愛媛県議会に提出したが、今月、いずれも不採択となった。瀬戸内しまなみ海道を避難ルートにすれば、大渋滞で混乱が生じると懸念している。

 原発から30キロ圏に一部が入る山口県上関町の八島は、島民23人が避難対象になる。ほぼ全員が高齢者で輸送方法も課題になる。

■使用済み核燃料

保管プール 余裕なく

 原発で使用した後の核燃料の処分も大きな課題となる。伊方原発は、使用済み核燃料を保管しておく燃料プールの余裕がなくなりつつある。

 伊方原発のプールの容量は約2千本。既に約1400本入っている。1~3号機とも稼働すれば年平均で80~90本増え、7~9年で満杯になる見込みだ。

 福島第1原発事故でプールの冷却機能が喪失し、放射性物質の飛散が懸念された。燃料は使い終わった後でも発熱を続けるため、水で冷却する必要がある。

 ただ、持ち出し先となる青森県六ケ所村の日本原燃の再処理工場は、稼働の見通しが立っていない。再処理後の高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分地の選定についても、道筋は見えていない。

■プルサーマル

MOXの使用に知事が制限要求

 伊方原発3号機は、プルトニウムとウランを混ぜた混合酸化物(MOX)燃料を使うプルサーマル発電をする計画だ。日本の原発では使用実績が少なく、安全性を懸念する声もある。

 「国が進める核燃料サイクルの中核プロセスになる」。四国電の佐伯勇人社長はこう強調する。使用済み核燃料を再処理して造るMOX燃料は、資源の有効利用になるとして国が推進。四国電は2010年3月、3号機で導入した。

 ただ既存の原発はMOX燃料の使用を前提に設計されていない。さらに東京電力福島第1原発事故では、同原発の3号機がプルサーマル発電をしていたため、毒性の強いプルトニウムが広範囲に飛散したと指摘されている。

 伊方原発から約60キロ離れた松山市に住む主婦松尾京子さん(63)は「原発で何かがあれば、被害が大きくなる」と心配する。住民の声を受け、愛媛県の中村知事は、3号機に入れる全体の核燃料157体のうち、一度に使うMOX燃料を16体以下に制限するよう四国電に求めている。

瀬戸内海 広範囲汚染も

東京大大学院 升本順夫教授

 伊方原発で事故が起きて放射性物質が海に流れ出た場合の影響について、東京大大学院の升本順夫(ゆきお)教授(52)=海洋物理学=は「瀬戸内海のかなり広い範囲が影響を受ける可能性がある」と話す。他の研究者とともに、瀬戸内海での放射性物質の広がり方の解析を進めており、特に夏場は東へ流れやすく、広島県沖の海域に広がりやすいと指摘する。

 ―事故が起きた場合、周辺海域にどのような影響が考えられますか。
 放射性物質が海へ出ると、伊予灘が最も影響を受ける。ある程度の水の行き来がある周防灘も、影響を受けやすい。瀬戸内海は灘と呼ばれる海域に分かれ、それぞれが狭い海峡でつながっている。風や潮流の強さで、海峡を通じてどれだけの水が行ったり来たりするかで変わるが、時間がたてば、徐々に燧灘(ひうちなだ)や播磨灘の方へと広がる可能性がある。

 ただ実際には濃度が重要になる。人体や魚に影響する範囲は、どれだけの物質が出るかによって変わる。

 ―事故の起きた福島第1原発周辺との違いは。
 福島は太平洋に面し、黒潮や親潮のような強い流れが近くにある。放射性物質が海に出ると比較的早く、広い範囲に広がっていく。瀬戸内海では強い流れがなく、周りが陸で囲まれている。福島に比べれば、かなり長くとどまることになる。また瀬戸内海は水深が浅く、海底に物質がくっついてしまう可能性が高い。

 ―季節により、放射性物質の広がり方に違いはありますか。
 冬は大陸からの季節風の影響で、九州寄りの方向へ流されやすい。夏は海面付近は温かくなるが、深さ数十メートルの地点には冷たい水が残る。「底部冷水」という現象で、東へ流れる傾向がみられる。広島県側へ広がる可能性は冬より高まる。いったん広がった放射性物質がゼロ近くにまで少なくなるには、何百年とかかるだろう。

≪伊方原発に関する主な動き≫

1977年 9月 1号機が運転開始
  82年 3月 2号機が運転開始
  94年12月 3号機が運転開始
2010年 3月 3号機がプルサーマル発電を開始
  11年 3月 東京電力福島第1原発事故が発生
      4月 3号機が定期点検のため運転停止
      9月 1号機が定期点検のため運転停止
     11月 原発防災地域が半径8~10キロ圏から30キロ圏に拡大。
         山口県上関町八島が伊方原発から30キロ圏内の緊急防護措
         置区域に含まれる
  12年 1月 2号機が定期点検のため運転を停止し、伊方原発の稼働がゼ
         ロになる
      9月 原子力規制委員会が発足
  13年 7月 新規制基準が施行。四国電力が適合性審査を申請
  14年 5月 四国電が基準地震動を引き上げ。当初の570ガルから最大
         650ガルへ
  15年 6月 愛媛県が広域避難計画を修正。山口県に加え、広島県も避難
         者受け入れを検討へ
   7月15日 原子力規制委が新基準への適合を正式決定
  10月 9日 愛媛県議会が再稼働に同意
     22日 伊方町長が再稼働に同意
     26日 愛媛県知事が再稼働に同意


伊方原発
 瀬戸内海に面した愛媛県伊方町にあり、四国地方で唯一の原発。事故を起こした東京電力福島第1原発とは異なる加圧水型軽水炉(PWR)で、全3基がある。合計出力は202万2千キロワットで、四国電力の全発電設備の3割を占める。3基の出力は、1、2号機がそれぞれ56万6千キロワット、3号機は89万キロワット。2012年1月から全てが停止している。

(2015年10月30日朝刊掲載)

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