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社説・コラム

今を読む ユニタール広島事務所長・隈元美穂子 

テロと暴力 生み出す根源に向き合う

 アフリカの南スーダンから帰国したばかりだ。2011年にスーダンから独立を果たして順調な発展が期待されたものの、13年には首都ジュバで民族間の虐殺が発生。多くの死傷者だけでなく、大量の難民を生み出した。平和合意には調印したものの、暴力はまだ続いている。人々は銃弾の音に慣れてしまい、それが日常の一部となっている。

 その首都で国連の同僚たちと夕食をともにしながら、語り合った。同僚たちは南スーダン、マリ、アフガニスタンの出身だ。どの国も長年にわたってテロや暴力、紛争といった問題に苦しみ、その中で彼らも生き抜いてきた。

 パリの同時多発テロやマリのホテル襲撃事件といった一連の流れを見ると、世界では最近急にテロや暴力が増え、社会が不安定になってきたと懸念する人も多くいるのではないかと思う。確かにテロは先進国にも飛び火している。いずれわが身に及ぶのではないかと不安になるのだろう。

 しかし、私たちは考えなければいけない。今までは紛争や暴力のニュースを見聞きしても、遠い国での出来事であって自分には無関係だと受け流していたのではないか。

 それは突発的に発生したのではない。社会の病理が時間をかけて少しずつ「しこり」となって蓄積し、表面に表れてきただけなのである。

 私たちに今、何ができるのだろうか。第一に、冷静になることが大切である。瞬時に流れてくる情報に振り回され、突発的な行動を取ることこそ、テロ集団の望むところである。そのもくろみに決して乗ってはならない。

 第二に状況を客観的に見て事実を把握することである。ISIS(いわゆる「イスラム国」)を名乗るテロ集団と一般のイスラム教徒を同じように分類し、イスラム教徒や中近東出身の人々に対して差別と偏見のまなざしを持った場合、平和への道を阻むことにつながりかねない。

 第三にテロや暴力を生み出している根源を知り、それを取り除くことが何にもまして重要である。テロや暴力は極端な思想から生まれる場合もあるが、むしろ格差や腐敗、失業や貧困といった現代社会のゆがみから来ることを深く認識しなければならない。

 高齢化が進む日本とは対照的に、発展途上国は多くのエネルギーにあふれた若年層を抱えている。しかし、その多くが仕事に恵まれず、将来の展望も見えないまま現状に絶望した結果、テロや暴力に走るケースも少なくない。

 テロ集団に属することで権力と経済力を手にする。少なくとも空腹を満たすことができる。国際社会はその場しのぎの対策を取るのではなく、今の状況を生み出した社会の構造に向き合わなければならない。これらの問題は解決には長い期間を要する。中途半端な決意ではできない。

 このような時だからこそ、広島の存在と役割はいままで以上に重要である。被爆後の焼け野原になった姿から、驚異的なスピードで復興を遂げた広島は平和のシンボルとして確立されている。紛争や暴力に苦しむ国々の人々は広島の軌跡を知り、希望の光を見いだしているのである。

 その広島でユニタールは活動してきた。広島東洋カープの黒田博樹投手はことしのシーズン終了後、国連ブルーのユニホーム姿で記者会見に臨んでくれた。平和のための人づくりを行う私たちの親善大使として、その任務を応援すると語ったのである。

 同じ頃、自爆テロが続くアフガニスタンの女子サッカー代表が広島を訪れた。やはりユニタールが実施するリーダーシップ研修に参加し、女子プロサッカーチーム・アンジュヴィオレ広島などと親善試合を行う。アフガニスタンではサッカーは男性のスポーツとされ、彼女たちは日頃から心ない非難にさらされている。そんな圧力にくじけず夢を追う彼女たちに、広島はステージを与えてくれたのだ。

 広島は時代に対して強い発信ができる都市だ。そのメッセージは性別や国籍、民族やや宗教といった壁を乗り越え、世界の人々を結束させるものでなければなるまい。

 福岡県太宰府市出身。米ウエストバージニア大卒。九州電力勤務を経て米コロンビア大国際公共政策大学院修了。01年国連開発計画(UNDP)に入り、米ニューヨーク、サモア、インドネシアなどで勤務。14年1月から国連訓練調査研究所(ユニタール)広島事務所長。

(2015年12月1日朝刊掲載)

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