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社説・コラム

『言』 欧州難民問題と日本 負担 分かち合う視点を

◆広島大大学院教授・中坂恵美子さん

 パリ同時多発テロを受け、シリア難民の受け入れを拒む動きが欧州で広がっている。テロリストが難民を装い、欧州に入った可能性が浮上しているためだ。一方、紛争や迫害を逃れて脱出してきた人々を救うことは、現代国家にとって人道上の責務である。世界は、日本は、どう向き合うべきなのか。欧州の難民問題に詳しい広島大大学院の中坂恵美子教授(50)に聞いた。(聞き手は論説委員・東海右佐衛門直柄、写真・福井宏史)

  ―テロの後、各国の難民政策にどういう動きがありましたか。
 これまで積極に受け入れてきたスウェーデンは先日「もはや持続困難だ」として政策を見直すことを決めました。経済的な負担が重いため、今後は永住権の取得を厳しく制限するそうです。ハンガリーやポーランドもあらためて難民拒否の姿勢を示しました。欧州連合(EU)は「シェンゲン協定」に基づき、人や物の移動の自由を域内で認めてきましたが、各国は国境での審査を厳格にしています。

  ―そうした変化をどう考えますか。
 非常に残念です。テロ実行犯はベルギーやフランスの居住者でした。難民を拒絶しても、テロリストが入るのを防げるわけではない。今回のテロの根底には、移住してきたイスラム教徒たちを社会の底辺に追いやってきたことがあります。難民をスケープゴートにすべきではないのです。

  ―スマートフォンを持ち、ブローカーに多額の金を払って入国した人が「難民」なのか、という声もあります。
 難民というと、貧しくやせ衰えた人、と思われがちです。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の活動でアフリカ難民のイメージが広まりました。しかし本来の難民の定義は「人種、宗教、政治的意見などを理由に迫害を受ける恐れがある人」です。例えばアインシュタインもユダヤ人であったために祖国ドイツから米国へ逃れた難民でした。経済的な事情は関係ない。シリア内戦から逃れてきた人は難民として保護されるべきです。しかし、現状の受け入れ態勢は不十分です。

  ―どう変えるべきでしょう。
 シリアにとっては難民は人材の流出です。このままでは国の再建を担う人がいなくなる。単に受け入れるのでなく、いずれ母国に帰還してもらう、という視点で人材育成をする仕組みが欧州には要るのではないでしょうか。また数千人が連日押し寄せ、難民かどうか確認が十分できていない可能性がある。経済移民との区別を国境でしっかり管理する仕組みが重要です。

  ―日本政府は積極的な難民受け入れを表明していません。
 皮肉を込めていうと、仕方ないのです。かつて日本はインドシナ難民を1万人以上受け入れた実績があります。けれど昨年、日本への難民申請5千人のうち、認定されたのはわずか11人。受け入れ態勢は乏しく、年30人がやっとでしょう。欧州や米国などが1万人単位で受け入れを表明しているのに、「30人受け入れます」なんて日本政府は恥ずかしくて言えなかったのでは。もちろん、現状でよいはずはありません。

  ―何が問題なのですか。
 総合的な難民政策がないことです。どのように受け入れ、社会で共生を促し、世界的な問題が起きた時にどう対応するか。国として考えてこなかった。根底には、国民の関心が薄いことがあります。難民と聞いても多くは遠い問題と思っている。

  ―安倍晋三首相は、経済支援に力を入れるとしています。
 首相は9月の国連総会の場で難民受け入れの可能性を問われ「人口問題として申し上げれば受け入れる前にやるべきことがある」と述べました。人道的視点が抜け落ちている。「積極的平和主義」を掲げるのなら難民を受け入れる環境を整えなければ。

  ―国内には、難民を受け入れて外国人が増えることに警戒感があることも事実です。
 外国人が増えれば犯罪が増えるわけではない。問われているのは日本の人権意識です。国際社会の一員として、門戸を閉ざしていることは許されない。各国とともに負担を分かち合う。この連帯の視点が欠如しています。これを機に、その点を変えなければならないと思います。

なかさか・えみこ
 名古屋市生まれ。名古屋大法学研究科博士課程単位取得退学。広島大大学院社会科学研究科准教授などを経て、11年から現職。EUの人権問題や移動の自由などを研究する。著書に「難民問題と『連帯』」、共著に「国際法入門 逆から学ぶ」など。

(2015年12月2日朝刊掲載)

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