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『視点2011』 広島市長・知事 オバマ氏訪問で「こだわらぬ」

謝罪不要論 被爆者ら複雑

 オバマ米大統領の被爆地訪問を求める広島市の松井一実市長と広島県の湯崎英彦知事が相次ぎ、訪問の妨げになるなら原爆投下への謝罪に「こだわらない」などと発言した。両者は広島、長崎で何が起きたかを知り、核兵器廃絶を決意してもらうのが最優先、との思いで一致する。ただ被爆者や市民の思いは一様ではない。「謝罪」をめぐる経緯や課題を探る。(金崎由美)

 「謝罪へのこだわりを捨て、とにかく来てもらうことが重要」。11月29日の記者会見で松井市長は、米大統領に被爆地を見てもらう意義をあらためて強調した。湯崎知事も同15日の記者会見で「(広島に来て核兵器廃絶の決意を述べる上で)謝罪が障害になるのであれば必要はない」と語った。

現実味帯び議論

 米大統領の被爆地訪問への期待は、「核兵器なき世界」を唱えるオバマ氏の登場で現実味を帯びて論じられ始めた。秋葉忠利前市長は昨年1月、オバマ氏に面会し広島訪問を呼び掛けた。同年10月に臨界前核実験を実施していたことが判明し失望が広がったが、被爆地ではオバマ氏への期待がいまだにある。

 米大統領の被爆地訪問を求める動きは、原爆投下への「謝罪」を求める声と重なることが多い。

 日本被団協は1984年に発表した「原爆被害者の基本要求」で、米政府に原爆被害者への謝罪を要求。2007年に法律家や市民が広島で開いた「国際民衆法廷」は判決で、原爆開発や投下に関与した大統領たち15人を「有罪」とし、米政府に謝罪と補償を求めた。

 民衆法廷に関わった広島市立大広島平和研究所の田中利幸教授は「加害者が自らの責任と向き合わなければ和解はない。被爆地訪問を求めるだけでは原爆投下の是認と受け取られかねない」と被爆地の両トップの発言を批判する。

 片や米国では、原爆投下が戦争終結を早めたとの意見が主流だ。昨年の平和記念式典に初の政府代表としてルース駐日大使が参列した際は「謝罪につながる」と米国内で批判が噴出した。

 09年11月のオバマ氏初来日に先立ち、当時の藪中三十二外務事務次官が広島訪問に否定的な見解を米側に伝えていたことが判明。「謝罪」は外交問題の様相をみせる。

「軽い感じする」

 広島の被爆者でも意見が分かれる。大統領の来日時に謝罪を求める手紙を送った月下美紀さん(70)は「生きる権利を原爆で侵害したことを謝罪し、戦争もなくすと決意をすることが廃絶への一歩」と強調。一方、外国人に英語で被爆証言を続ける松島圭次郎さん(82)は「米の国内事情を考えると、謝罪を抜きに広島に来るだけでも大変意義がある。こちらから歩み寄ってこそ対話が始まる」とする。

 日本被団協の坪井直代表理事(86)は「謝罪のハードルを課すのは核兵器廃絶への近道にならない。ただ、被爆者は苦渋の選択で被爆地訪問を呼び掛けており、『こだわらない』『必要ない』と首長が発信するのは軽い感じがする」と複雑な心境を吐露する。

 松井市長は15年に核保有国の代表が集まる核拡散防止条約(NPT)再検討会議の誘致などを構想。湯崎知事も支援を表明する。被爆者や市民の思いを酌みながら、大国の為政者たちにどう働きかけるのか。両トップにとり「迎える平和」は重い使命を負う。

日本政府へ要請必要

 学生時代に日本被団協の活動に通訳として携わった成蹊大の西崎文子教授(米国政治外交史)の話 原爆投下はあってはならかったことで米国の謝罪は当然だ。一方、謝罪に固執してオバマ大統領を難しい立場に追い込んでも米国内の原爆投下正当化論を乗り越えることはできない。謝罪を前提条件とせず、大統領をはじめ一人でも多くの米国人を被爆地に呼ぶべきだ。

 藪中前外務事務次官の発言は米国の意向を忖度(そんたく)し「核の傘」を必要視する日本政府の本音を浮き彫りにした。そういう思惑を無視して米大統領が被爆地を訪れることはない。そのため日本政府に対し「被爆地訪問を要請して」と訴えることが必要だ。

(2011年12月19日朝掲載)

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