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社説・コラム

天風録 「旅立った「焼け跡」派」

 空襲で焼け出された兄妹は励まし合い、生きようとした。だがひもじさの中で相次ぎ息絶える。「火垂(ほた)るの墓」はアニメも不朽の名作となった。だが作家の体験は少し異なる。妹は飢えで死んでしまうが、自分は生き延びた▲神戸の空襲が「焼け跡闇市派」野坂昭如さんの原点という。何とか手に入れた食べ物を、1歳の妹の分まで口にした。己の生への執着を知る。「戦争童話集」など作品に弱者の悲しみをつづるのは、胸のつかえからか▲作詞に歌手まで多彩な顔を見せた。無頼を気取り、型破りな言動で世を騒がせもしたが、心の中にはいつも焼け跡が広がっていたに違いない。二度と飢えた子どもの顔を見たくない―。そう訴えて参院選挙にも立った▲脳梗塞を患っても口述筆記で気を吐く。死を目前に、永六輔さんのラジオ番組にこう寄せた。物騒な世の中になったとして「平和とやらを守るという名目で、軍事国家、つまり、戦争をする事にだってなりかねない」▲この夏に新装なった戦争童話集のあとがきでも警告していた。「戦争は、気がついた時には、すでに始まっているものだ」と。それを肌で知る人の旅立ちが、このところ相次ぐ。心細くてならない。

(2015年12月12日朝刊掲載)

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