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社説・コラム

『潮流』 ソフトターゲット

■論説委員・東海右佐衛門直柄

 パリのテロ事件を受け、日本でも国際イベント会場などで手荷物検査が厳しくなっているという。

 思い出すのは昨秋と今春、ポーランドのアウシュビッツ強制収容所跡の博物館を訪れた時のことだ。たった半年の間に、入館方法が大きく変わっていたことに驚いた。

 最初は係員に「大きなリュックサックはだめ」と言われた程度。しかし2回目に行くと、持ち物の大きさはA4サイズまでと定められ、かばんはエックス線で調べられた。空港のような金属探知ゲートをくぐり、ようやく館内へ入ることができた。他国でのテロを受けた措置という。

 その旅で足を運んだオランダにあるアンネ・フランクの隠れ家跡の博物館でも検査を強化すると聞いた。「実際に問題があったわけではないが入館者の安全を確保しなければ」。残念そうに幹部は話していた。

 テロの恐怖はかなり前から欧州を覆っている。加えて過激派組織「イスラム国」(IS)の無差別テロが現実となった今、世界で警戒レベルが急上昇しているのだろう。

 日本も人ごとでない。警察庁は先週、民間施設に手荷物検査の強化を要請する通達を出した。人が集まるレジャー施設など「ソフトターゲット」でも警戒を呼びかけたのが特徴だ。2020年の東京五輪を控え、いずれ繁華街でも物々しい検査が行われる可能性は否定できない。

 「テロを防ぐためには、仕方がない」「検査があった方が安全」という考え方は当然あるだろう。一方、監視態勢が過ぎればどうなるか。外国人や宗教上の衣装を着た人たちを不当に警戒するムードが広がる恐れがある。行き着く先は人種や宗教に対する偏見や不寛容である。

 異なる文化や宗教を理解し認め合う冷静さを心にとどめたい。「原爆資料館で手荷物検査」。そんなニュースが現実になるとすれば、切ない。

(2015年12月12日朝刊掲載)

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