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社説・コラム

天風録 「「安くんぞ」安らかならん」

 「何ぞ」だとか「いわんや」だとか。いかめしい漢文に、生徒が苦労するのは今も昔も変わるまい。「安(いずく)んぞ」というのもあった。どうしてするだろうか、するはずがない―。そんな反語の言い回しがふと浮かんだ▲「安」の字がことしを表す漢字に選ばれた。きのう京都・清水寺の貫主が熊野筆で大書した。この秋、安倍政権のもと安保法制が国論を二分しつつも成立した。それを戦後日本の転換点と国民も目しているのだろうか▲一方、世界ではテロの脅威が広がる。有志国連合に名を連ねたとして、この国もいつ標的とされるかしれぬ。国内ではマンションのくい打ちデータ流用や火山噴火など心配な出来事が相次いだ。むしろ不安が募る一年ではなかったか▲2位に入った「爆」は、爆買いのほか自爆テロや空爆にもある。3位の「戦」は70年の節目ゆえか。物騒な2字を上回った「安」。暗い世相だからこそ、せめて明るく心静かでいたい―。逆ばねが働いたとも思われる▲「安心してください…」。そういえばお笑い芸人が発する決めぜりふも流行語の一つになっていた。心穏やかにと、なだめるような漢字やギャグと暮れる年。だが「安んぞ」安らかならんや。

(2015年12月16日朝刊掲載)

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