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社説・コラム

社説 安保法施行へ 平和主義 変質の危機だ

 安全保障関連法が29日、施行される。歴代内閣が認められないとしてきた集団的自衛権の行使を容認し、自衛隊の海外任務を大幅に広げる内容である。日本の安全保障の大きな転換点であるのは間違いない。

 安倍晋三首相はおととい「国民の命と平和な暮らしを守るためには、切れ目のない対応ができる法制が必要」と述べた。北朝鮮の核・ミサイル問題など日本をめぐる安全保障環境が厳しさを増す中、法施行が必要との認識をあらためて示した。

 しかし、戦後一貫して掲げてきた日本の平和主義が揺らぐことに、多くの国民は懸念を拭えない。強引ともいえる法制化に反対する若者たちのデモはいまも続く。国民の幅広い理解と支持が得られていないことを、安倍政権は直視せねばならない。

 問題の一つは、「違憲」論議がいまも決着していないことである。安倍政権は憲法解釈の変更という手法で集団的自衛権の行使を容認した。これに対し、元最高裁長官や多くの憲法学者から憲法9条に反するとの指摘が根強い。さらにことしに入り安倍首相はこの状況を逆手に取って、憲法9条を改正すべきだとの考えを表明している。

 憲法順守の義務を負うはずの政治家が、憲法を軽んじてはいないだろうか。憲法によって権力を縛る立憲主義が揺らいでいるとしたら極めて危険である。

 さらに憂慮するのは、法の曖昧さだ。日本の存立が脅かされ、国民の生命や権利が根底から覆される明白な危険がある場合に「存立危機事態」として集団的自衛権を行使できるとする。しかし、その定義をめぐる安倍首相の答弁は揺れ動いてきた。政権側は「総合的に判断する」としているが、時の内閣による裁量が大きすぎることに対し、不安は残る。

 法が施行された場合、今後の焦点は自衛隊の任務拡大に移る。施行後は他国軍の後方支援として弾薬提供や戦闘機への給油も可能になる。国連職員や非政府組織(NGO)関係者を救出する「駆け付け警護」もできる。安倍首相は「リスクは下がっていく」とするが、実際には任務拡大により隊員の危険度は増していくのではないか。専守防衛に徹し、戦後一人の戦死者も出していない自衛隊のありようが変質する可能性があろう。

 今春、防衛大学校を卒業した学生の任官辞退者は昨年の2倍近くに増えている。防衛省は民間の雇用環境の好転が要因、とするが、現場で動揺が広がっていることは否定できまい。

 安倍首相は当面、法施行に伴う自衛隊への新任務の指示は見送る方針という。中谷元・防衛相は「準備に万全を期すため」と述べる。しかし昨年、法成立をあれほど急いだことと矛盾しよう。政権の狙いは、今夏の参院選で安保法が争点になるのを避けるために違いない。

 選挙までは具体的な活動を控え、選挙が終われば新任務に着手させるのではないか。選挙の機会をとらえ、自衛隊の新たなリスクについて有権者に説明して議論を深めるべきだ。世論を気にしてすぐに新任務を遂行できないこと自体、法の問題点を示していよう。

 法の運用はいったん凍結すべきではないか。その上で、あるべき安全保障について国会などであらためて議論してほしい。

(2016年3月27日朝刊掲載)

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