×

連載・特集

グレーゾーン 低線量被曝の影響 第2部フクシマの作業員 <上> 初の労災認定

因果関係巡り議論続く

 東京電力福島第1原発事故後の作業で、急性骨髄性白血病を発症した北九州市在住の元作業員男性(41)が昨年10月、労働災害(労災)と認められた。同原発事故で被曝(ひばく)による労災が認められたのは初めてだった。累積の被曝線量は19.8ミリシーベルト。白血病の労災認定基準である年5ミリシーベルト以上は満たす一方で、がんのリスクが高まるとされる100ミリシーベルトは下回り、厚生労働省は「科学的に被ばくと健康影響の因果関係が証明されたものではない」との異例の見解を示した。低線量被曝という「グレーゾーン」は、廃炉に取り組む原発作業員にも影響を及ぼしている。(藤村潤平)

紙面イメージはこちら

白血病発症の認定男性「リスク説明あれば…」

「もっと早く結論出すべき」

申請から1年半

 福島第1原発事故後の作業で被曝し、初めて労災認定された男性(41)が、中国新聞の取材に応じた。想像していなかった白血病に侵され、死を意識した日々。被曝のリスクについて「働く前にもっと説明が必要」と投げ掛け、発症した場合はスムーズに認定すべきだと訴えた。

 男性は、北九州市内の溶接工事会社に勤務。福島第2原発や九州電力玄海原発(佐賀県)での仕事を経て、「被災地のためになるなら」と2012年10月から福島第1原発で約1年1カ月間働いた。水素爆発で崩れかかった3号機の原子炉建屋を補強する工事などを任されたが、高線量で1日20分しかいられない場所もあった。

 累積の被曝線量19・8ミリシーベルトのうち、福島第1原発での線量は15・7ミリシーベルト。しかし、実際は「もっと浴びていたのではないか」と感じている。測定に使っていた線量計は、金属製ベストの下にあった。ある日、防護していない腕にも線量計を巻いて仕事をすると、ベストの下は0・4ミリシーベルトだったのに、腕は3倍の1・2ミリシーベルトだった。

 男性は「闘病は過酷だったが、自分は幸運だった」と振り返る。福島第1原発から地元へ戻った翌月の14年1月、たまたま受けた健診で白血病が発覚。すぐに入院し、抗がん剤治療が始まった。

 薬の副作用などで1日40回も下痢をし、40度を超す熱が10日間も続く時期があった。医療用モルヒネで痛みを抑え、睡眠導入剤でベッドに横になる毎日。意識がもうろうとする中、見舞いに来た1次下請けの社員が指摘した。「被曝のせいじゃないか」

 その時は考える余裕はなかったが、元請け会社を含む周囲のバックアップもあり、入院中の14年3月に労災申請にこぎ着けた。そして、1年半後の15年10月に厚労省から認定の通知が届いた。「認定され、初めて労災なんだと実感が湧いた」という。

 あらためて思うのは、原発で働いていた人間としての知識の乏しさだ。働く前に放射線防護などの教育は受けたが、もしものときの補償や労災保険の話を聞いた記憶はない。危ない仕事とは思っていたが、認識が甘かった。「放射線という目に見えない危険にさらされる現場。納得済みでなければ、命を張って仕事はできない」とかみしめる。

 認定後にがくぜんとしたこともあった。傷害保険に加入しており、担当者から「認定されれば、保険は下りると思う」と説明を受けていた。しかし、いざ認定されると「(契約内容を示す)約款を見てください」と告げられた。約款の小さな字を追うと、保険金支給の対象外として「戦争」「動乱」とともに「核燃料物質による汚染」と記されていた。「何も知らず働いていた」との思いを強くした。

 また、申請から認定まで1年半かかったことも心身の負担になった。幸い一定の貯蓄があり、生活にまだ余裕があったが、もし困窮していたら…。「明確な認定基準があるのだから、もっと早く結論を出すべきだ。こんな状況では、廃炉のために働く人は増えない」と語気を強めた。

 東電によると、福島第1原発で事故後に働いた作業員は今年2月末時点で4万6758人に上る。累積の被曝線量は平均12・75ミリシーベルトで、うち約48%の2万2285人が5ミリシーベルトを超え、174人はがんのリスクが高まるとされる100ミリシーベルトを超えている。ただ、白血病を含むがんの労災申請はこれまで9人しかない。3人は不認定で、1人は申請を取り下げた。4人は審査が継続中で、認定を受けたのは白血病の男性が唯一だ。

 男性は4度の抗がん剤治療で、がん細胞が見られない「寛解」になった。今は仕事は控え、3カ月に1度の検査を受ける生活を送る。再発の怖さとともに思うのは、自分より多く被曝している作業員のことだ。「病気になっても労災の仕組みを知らなかったり、諦めたりしている人がいるのではないか」。そう思い巡らす。

「健康影響 証明されていない」

厚労省見解に市民団体反発

 福島第1原発事故後の作業における今回の認定では、厚労省が発表した文書を巡っても議論が起きている。労災は病気との関連性が存在して初めて認められるが、厚労省は文書で「因果関係が証明されたものではない」と説明。市民団体からは「誤った認識が広がる」と撤回を求める声が上がっている。

 文書は、厚労省が労災認定を公表する際の補足説明として出された。白血病の認定基準を説明した上で、100ミリシーベルト以下の低線量被曝によるがんのリスクが「他の要因に隠れてしまうほど小さい」と強調。認定基準の年5ミリシーベルト以上の被曝は「(白血病を)発症する境界を表すものではなく、科学的に被ばくと健康影響の因果関係が証明されたものではない」と記した。

 これに対し、原発作業員を支援する全国労働安全衛生センター連絡会議は、厚労省の説明が「あたかも今回の認定が科学的根拠がないという印象を世の中に与える」と問題視。3月30日に提出した塩崎恭久厚労相宛ての要望書の中で文書の撤回を求めた。NPO法人原子力資料情報室や、原水爆禁止日本国民会議(原水禁)も連名で、厚労省に撤回した上であらためて解説し直すよう要請している。

 連絡会議の飯田勝泰事務局次長は「じん肺も石綿も労災と認められるのは病気と因果関係があるから」と強調。厚労省が自ら決めた基準で労災認定しながら因果関係をあやふやにするような態度を示しているのは「自己矛盾以外の何物でもない」と指摘する。

 一方、東京電力は、福島第1原発で働く作業員と家族向けに開設しているインターネットサイトで、厚労省の説明を紹介。「不安緩和のための取り組み」と強調している。

 補足の文書を作成した理由について、厚労省は「社会的な関心が高く、放射線を不安に感じている住民もいる。より分かりやすい説明のため必要だった」としている。

白血病の認定基準

①年5ミリシーベルト以上の被曝

②発症まで1年以上経過

 原発での労働など放射線被曝における白血病の労災認定基準は、1976年の労働省(当時)労働基準局長通達で定められた。「労働者への補償の観点」から、基準として①年5ミリシーベルト以上の被曝②被曝から発症までの期間が1年以上―を挙げる。胃がんなどその他のがんについても、福島第1原発事故後に「実質的な認定基準」が設けられた。

 白血病を年5ミリシーベルト以上とする根拠について、厚労省は「当時の会議資料が散逸しており、詳細は不明」と説明。その上で「当時の国際放射線防護委員会(ICRP)が勧告した一般公衆(住民)の被曝限度などに基づいたのではないか。それ以外には考えにくい」と推測する。

 通常の労災認定は、労働者が申請した地元の労働基準監督署が調査し、可否を決める。被曝による労災は「放射線の人体への影響が確立されていない」(厚労省)として、省内の医学専門家による検討会が審議する。被曝の状況、ウイルス性や遺伝性による発症の可能性などを話し合う。

 その他のがんは原発事故の後、同じ検討会が議論。胃、食道、結腸、ぼうこう、喉頭、肺の6種類のがんは①累積の被曝線量が100ミリシーベルト以上②被曝から発症までの期間が5年以上③被曝以外の要因が考えにくい―の3項目を踏まえて総合判断するという「労災補償の考え方」を示した。

 厚労省職業病認定対策室は「実質的な基準と考えてもらっていい。原発作業員に対して、この6種類のがんで労災を認めた前例はないが、認め得ることを伝えたかった」と説明する。

(2016年4月13日朝刊掲載)

年別アーカイブ