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グレーゾーン 低線量被曝の影響 第3部 ゴールドスタンダード <3> 長時間と一瞬 違い研究

 放射線影響の研究機関では日本有数の放射線医学総合研究所(放医研、千葉市稲毛区)。その敷地の一角に5階建ての「低線量影響実験棟」がある。茨城県東海村のJCO臨界事故を受け、2003年に建設された。地下に、セシウムの照射装置などを備える。

マウスで実験

 この棟で東京電力福島第1原発事故後の12年から始まったのが、「低線量率」被曝(ひばく)の実験だ。放射線の影響を受けやすい若いマウスに長時間をかけて低い線量を当て、死因や死亡率を分析する。

 現在の被曝リスクに関する国際基準のベースになっている放射線影響研究所(放影研、広島市南区)のデータは、原爆によって高線量の放射線を一瞬で浴びた被爆者の調査に基づく。低い線量を少しずつ浴びる「低線量率」で被曝した場合はどうなのか。放医研の放射線影響研究部の柿沼志津子部長は「今なお不安を感じている福島の人たちの思いに、研究で応えたい」と意義を強調する。

 実験では、人間の赤ちゃんに相当する生後1~4週目など違う成長期のマウス計約1万匹を用意。異なる線量の放射線を4週間当て続けた後、生涯飼育する。結果が出そろうまでにはまだ数年かかるが、実験を率いる山田裕チームリーダーは「今のところ、若いマウスでも低線量率ではリスクが減る傾向がみられる」と説明する。

 マウスの実験結果を人間に当てはめられることを確認するため、放影研のデータと同様の結果がマウスでも得られるかどうかで検証してきた。肺がんや骨髄性白血病で同じようなリスクの傾向が出ることを確認している。一方で、肝がんは、人間とマウスで傾向が異なっていた。日本では肝炎ウイルスを持つ人が多いことが原因とみている。

生物学の視点

 山田氏は「被爆者データは、基本として重要」と前置きした上で、「福島のような被曝を考えるとき、条件を設定して放射線だけの影響をみることができる動物実験が不可欠だ」と指摘する。

 電力中央研究所放射線安全研究センター(電中研、東京都狛江市)は、福島第1原発事故が起きる前から低線量率被曝の研究に取り組んできた。砂に含まれる鉱石の影響で自然放射線が他地域より数倍高いインド・ケララ州で、03年から現地の研究者と共同で約17万人の疫学調査を開始。発がんリスクの上昇などは現時点では見られず、さらに対象を約37万人に拡大した調査を進めている。

 電中研が疫学調査と並行して力を入れるのが、マウスの細胞を使った生物学的な研究だ。吉田和生センター長は「疫学調査は膨大な集団と労力が必要になる。放射線を当てた幹細胞などの変化から、今まで考えられていなかった防御メカニズムを追究したい」としている。(藤村潤平)

(2016年5月24日朝刊掲載)

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