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社説・コラム

「同盟強化」うたう前に オバマ氏きょう広島訪問

■論説主幹・佐田尾信作

 私は入市被爆者の父を持つ新聞記者である。エノラ・ゲイが広島を核攻撃したあの日、父は旧海軍呉鎮守府特別陸戦隊の一兵卒として、きのこ雲を西方の空に見た。すぐ翌日、焦土の広島に送り込まれ、広島駅の復旧作業に就いた。ちぎれた足が入ったままの地下足袋や時計、校章などが構内に散乱し、すさまじい様相を呈していたという。

 父たちはろくに訓練も受けず船に乗ったこともない若い水兵の一団だった。米軍を迎え撃つ「本土決戦」に備えた、急ごしらえの部隊だったと思われる。

 そのような体験を還暦を過ぎた父から聞いた。私の妹たちが嫁いだ後で、孫に聞かせるためだった。父のように兵隊として広島に入って被爆し、健康を害した人、若くして亡くなった人は少なくない。父は肺を患って83歳で逝ったが、原爆の後障害がなかったとは今もって言い切れない。

 閃光(せんこう)や爆風をまともに浴びた人たちの辛苦は、さらに大きなものだった。生きながら焼かれた人たちに至っては想像を絶する。オバマ大統領、きょうあなたが降り立つのは死屍(しし)累々の記憶を持つ土地である。

 あなたの訪問の報を聞いて、あまたの市民の住む都市を核攻撃したことに謝罪の気持ちがないなら遠慮願いたい、と私は考えた。しかし本紙に日々掲載される識者や市民、読者の意見を読むにつれ、考えが少し変わった。憎しみの言葉を投げ掛けないことが広島の尊厳だと、ある読者は投稿していた。心動かされた。

 ならば、この地であなたが何を語るか、それに耳傾けよう。ただし申し上げたいことはある。まず敗色濃厚なわが国の一都市をなぜ核攻撃したのか、自問してほしい。あなたの国では、膨大な予算をつぎ込んだ新兵器を実験し、わが国の戦意をくじく「必然性」はあったのかもしれないが、広島さらに長崎にとっては何の必然性もなかった。

 もう一つは、日米同盟の緊密さをこの地で強調することは控えてもらいたい気持ちがある。それは死者を悼むこととは関係がない。まして在日米軍の基地負担に長く苦しみ、今また米軍属による女性遺棄事件に憤る沖縄県民をよそに、広島からそのようなメッセージが伝わることは堪え難い。

 とはいえ、やがて大統領を辞するあなたが、被爆者代表と言葉を交わした後に期待したいことは多々ある。あなたの国では今、日本も核兵器を持て、と叫ぶような人物が大統領選で勢いづいている。そうした逆流にあらがうオピニオンリーダーにあなたがなることを願ってやまない。

(2016年5月27日朝刊掲載)

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