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社説・コラム

天風録 「法王と大統領」

 時ならぬ厳戒態勢に戸惑いながらも、被爆地は歴史的な一日を迎えた。オバマ米大統領が立つであろう原爆慰霊碑前で繰り広げられた、もう一つの歴史的場面を思い出す。ローマ法王のヨハネ・パウロ2世の演説である▲「戦争は人間のしわざです」。原爆資料館にも碑がある不朽のメッセージは、35年前の小雪舞う2月に発せられた。今なお胸を打つのはヒロシマを考える二つの意味を示したからだろう▲核戦争を拒否すること、平和に対する責任を取ること―。平和記念公園を埋め尽くした人から漏れたすすり泣きは忘れ難い。数億人の信徒を束ねる指導者の訴えは瞬く間に地球上に伝わった▲心を揺さぶる光景が再び生まれるだろうか。今度は原爆を投下した国の大統領から。法王が警鐘を鳴らした冷戦時代の核危機は、とうに去った。いまヒロシマを考える意味は―。その三つ目として核兵器をなくすことを世界中で誓い合う日となれば▲7年前のプラハ演説への拍手と喝采を、大統領は忘れたわけではあるまい。あの日、心の底から喜び、核なき世界の到来を信じた被爆者たちが対面を待つ。被爆71年、緑に包まれた被爆地で碑に残るような言の葉を聞きたい。

(2016年5月27日朝刊掲載)

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