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社説・コラム

『潮流』 平和の壺

■岡山支局長・持田謙二

 兵庫県境に近い美作市の山中に大聖寺はある。「あじさい寺」として、また作家吉川英治が小説「宮本武蔵」の構想を練るのに滞在したことで知られる。

 広い境内には、寺ではあまり見ない登り窯が築かれている。陶芸家でもある住職の福田寺大英さん(69)のもう一つの仕事場だ。

 福田寺さんは16年前、この窯で広島と長崎の爆心地近くの土を混ぜて「平和の壺(つぼ)」を焼き上げた。九州・沖縄サミットに出席した首脳に贈るために。作った20点のうち、残していた1点を先月、広島を訪れたオバマ米大統領に大使館を通じて贈った。「原爆犠牲者を思い、核廃絶への気持ちを強くしてほしい」との願いからだ。

 壺は約1400度で焼くが、原爆犠牲者はそれよりはるかに高い熱線で焼かれた。土は高温で焼くと融合する。広島と長崎の思いを一つにして伝えたかった。

 焼き物と被爆者を重ねたのは、40年ほど前にフランスで開いた個展がきっかけだった。土が溶けてできた模様を「ケロイドのようだ」と評された。「被爆地の土で作った陶器で、原爆の恐ろしさを表現したい」と思い立つ。長崎は平和公園の地下約30センチから、広島は爆心地近くの寺の境内で土を採取した。

 米大統領に壺を贈るのは1989年のフランス・アルシュサミットに出席したブッシュ大統領、九州・沖縄サミットに出席したクリントン大統領に続き3人目だ。ブッシュ大統領の礼状には「込められた好意に感謝します」とあった。

 福田寺さんにはもう一つ夢がある。米国が水爆実験を重ねたビキニ環礁と広島、長崎の土を混ぜて焼いた陶器を、日本と国交のある全ての国に贈ることだ。「宗教者は祈ることしかできない」という。壺に込めた核廃絶と平和の願いが世界に届くよう、実現を期待したい。

(2016年6月21日朝刊掲載)

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