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点検 平和行政~松井広島市政1年 

 「この地で五感を通して核兵器廃絶の必要性を実感してほしい。そして広島の願いを多くの人に伝えてほしい」。12日、広島市中区の原爆慰霊碑前。献花するブルガリア国民議会のツェツカ・ツァチェバ議長を先導し松井一実市長は訴えた。

 市を訪れた各国要人に、松井市長は同じ言葉で語り掛ける。被爆地に人を呼び込み、核兵器を否定する思いを広める―。基本姿勢に掲げる「迎える平和」がにじむ。

施策に柔軟さも

 秋葉忠利前市長は3期12年で355日に上る海外出張をし、29カ国を訪れ核兵器廃絶を訴えた。松井市長は、市長自ら海外を駆け回った手法を「出かける平和」と評し、違いをアピールしてきた。

 昨年8月6日の平和記念式典で読み上げた平和宣言は公募した被爆体験を有識者の選定委員会で絞り込み引用した。歴代市長が自ら起草してきたやり方を「合議」に変え、多様な声を吸い上げる試みだ。折り鶴の長期保存・展示も中止した。

 平和行政で強烈な個性を放った秋葉前市長の「色」を消す一方、自らの施策に取り込む柔軟さもみせる。秋葉前市長が拡大に尽力し、加盟都市数が5千を突破した平和市長会議。昨年11月、スペインでの理事会で加盟都市に運営費用の負担を求め、一定の理解を取り付けた。財政基盤を強化し活動の質向上につなげる狙いだ。

 高齢化する被爆者の体験を引き継ぎ、広島を訪れた人たちに語り伝える「伝承者」の養成に新たに取り組む。自身も被爆2世。「本当は強調したくない。平和の思いを受け継ぐのは幅広い市民であるべきだ」と訴える。

加盟呼び掛けず

 しかし、被爆地の市長として核兵器廃絶に向けた発信力や、リーダーシップの不足を指摘する声はくすぶる。

 昨年9月の市議会総務委員会。松井市長が同8月下旬、初めて海外出張した韓国・大邱市の会合でのあいさつを疑問視する声が上がった。平和市長会議への加盟呼び掛けや2015年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議の誘致に一切触れなかったからだ。

 昨年12月に公表した市政運営の基本コンセプトでも、3本柱のうち「平和への思いの共有」は、「活力とにぎわい」「ワークライフバランス」の他の2項目に比べ割かれた分量は少ない。

 広島県被団協の坪井直理事長(86)は「着実に思いを広めようとする姿勢は良いが、被爆地の市長にはアピール力も必要。『内』と『外』を併せ持って」と注文する。

 3年後に控えるNPT再検討会議に向けた取り組み、そして20年までの核兵器廃絶を目指す平和市長会議の「2020ビジョン」の展開が課題となる。「核なき世界」に向けて被爆地の訴えをどう響かせ、国際社会や日本政府を動かすのか。

 松井市長は「自身の評価がさまざまにあることは承知している。核兵器はあってはならないとの思いを広め、共有してもらうことに徹する」と強調する。「迎える平和」を掲げるリーダーの模索は続く。(田中美千子)

広島市の市政運営コンセプト
 「世界に誇れる『まち』の実現に向けて」と題し、松井一実市長が昨年12月に発表した。活力とにぎわい▽ワークライフバランス▽平和への思いの共有―の3本柱。具体策として平和への思いの共有では、2020年までの核兵器廃絶を目指す平和市長会議の「2020ビジョン」の継続や15年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議誘致を提唱。観光・産業振興や都市機能の充実、国に提案するハローワークの権限移譲や待機児童ゼロなども掲げた。

(2012年4月17日朝刊掲載)

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