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社説・コラム

社説 テロ等準備罪 拡大解釈の懸念拭えず

 政府は「テロ等組織犯罪準備罪」の新設をうたう組織犯罪処罰法改正案を、秋の臨時国会に提出する見通しである。「共謀罪」を柱として過去3回廃案になった法案に代わるものだ。

 実際に行動に移さなくても、犯罪の話し合いに加わっただけで処罰の対象とする点は同じである。違うのは、テロ組織や暴力団などに適用対象を絞り込むことだ。4年後の東京五輪に向けた「備え」を政府側が理由としているのは間違いない。

 共謀罪は小泉政権時代の2003年から3年連続で関連法案が提出された。ただ従来の法案は、野党はもちろん世論の強い反発を受け、採決が見送られてきた経緯がある。

 10年以上、止まっていた議論を仕切り直すに当たって、これまでの批判を一定に踏まえた法案といえよう。

 漠然と「団体」としていた処罰対象を、「組織的犯罪集団」という言い方に変更したのが大きなポイントだ。さらに単なる謀議ではなく、犯罪の「準備行為」を具体的に行うことを要件に加えたことも目を引く。

 「一般市民が犯罪について漠然と話をしただけで処罰されるのではないか」「政府の意向に反対する市民活動や労働組合の活動が対象になるのでは」。そうした懸念を踏まえ、国民の理解を得られやすいよう内容を見直したのだろう。

 確かにテロを巡る国際情勢は廃案になった時代に比べて一変した。過激派組織「イスラム国」(IS)の活動は国境を越えて広がり、日本も標的にすると公言している。テロをどう防ぐかは喫緊の課題である。

 加えて東京五輪の競技会場をはじめソフトターゲットと呼ばれる集客施設の警戒には事前の情報収集が欠かせず、不審者の洗い出しなどに時間もかかる。五輪対策として捜査当局が態勢を強化する狙いも分かる。

 日本が国際社会から取り残されているという認識も、政府側にはあろう。そもそも共謀罪の議論は00年の国連総会で国際組織犯罪防止条約が採択されたことに端を発する。各国が情報をやりとりし、国境を越えた犯罪を取り締まる内容で国連加盟の大半の180カ国以上がこれまでに締結している。日本政府は国内法の整備が必要だとして、未締結のままだ。

 ただ事の本質を考えると、旧法案とさほど変わっていないことを忘れてはならない。4年以上の懲役・禁錮刑が定められている約600の犯罪を引き続き対象とすることが象徴的だ。

 たとえ捜査対象は「組織的犯罪集団」に限られるにしても、その判断は当局に委ねられる。テロ対策という名の下、拡大解釈が進めば市民活動が脅かされることは否定できまい。

 もう一つの懸念は、テロなどの摘発を口実に必要のない監視が広がりかねないことだ。

 国会でテロや組織犯罪への対応を考えることは必要だろう。ただ新たな法案の持つリスクを度外視し、政府の意向通りに強引に前に進めていいのか。

 もし提出されれば、与野党で慎重かつ徹底的に議論してもらいたい。捜査される側の人権にも配慮しつつ、必要な対策と法整備のバランスをどう取るか。難しい問題ではあろうが、この局面で結論を急ぎ、将来に禍根を残すことは許されない。

(2016年8月31日朝刊掲載)

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