×

社説・コラム

『書評』 話題の1冊 「この世界の片隅に」公式アートブック 『このマンガがすごい!』編集部編

街と時代 再現の舞台裏

 公開中の「君の名は。」(新海誠監督)が観客動員数で首位をひた走るなど、アニメ映画が活況だ。11月には、広島、呉を舞台にした「この世界の片隅に」(片渕須直監督)が公開される。地元での試写会は満席となった話題作。本書は、その魅力を掘り下げて紹介している。

 広島市西区出身の漫画家こうの史代さんの同名漫画が原作。広島から呉に嫁いだ女性を主人公に、戦時中の暮らしを描き出す。A4判のアートブックは、綿密かつ柔らかな筆致で魅了する原作のカラー原画や、映画の場面カットがふんだんに載り、画集としても楽しめる。

 とはいえ最大の魅力は、原作や映画の何げない一こまに宿る時代考証を追う面白さだろう。こうのさんや片渕監督の解説、2人へのインタビューなどを通じ、多角的に解き明かす。

 例えば、主人公が幼少期に、今は平和記念公園(中区)になっている旧中島本町を訪れる映画の場面。大正屋呉服店(現レストハウス)を描く際、片渕監督は、ショーウインドーにあった金色の手すりまで忠実に再現した。「(手すりの)痕跡は、今もかすかに確かめることができます」と語る。

 原作漫画で、こうのさんは1945年4月、主人公が見上げる空に飛行機雲を描いている。その後、片渕監督が調べると、当時、瀬戸内海に停泊中の戦艦「大和」を撮影するために米軍の偵察機が飛んでいたことが分かった。偶然の一致ではあるが、「マンガの神様が、うまい具合にやってくれた」とこうのさん。

 舞台となった街を丹念に調べてよみがえらせることで、架空の主人公にリアリティーが生まれ、現代ともつながる。そんな試みをひもとく本書は、あの時代に思いをはせる一助になる。原画などを紹介する展覧会を開いている呉市立美術館が編集に協力した。(石井雄一)(宝島社・2484円)

(2016年9月25日朝刊掲載)

年別アーカイブ