×

社説・コラム

社説 臨時国会 首相の「前のめり」危惧

 例年にも増して「秋の論戦」が持つ意味は大きい。臨時国会がきのう召集され、安倍晋三首相が所信表明演説を行った。

 与党が参院選で勝利し、「改憲勢力」が衆参両院で憲法改正の発議に必要な3分の2以上の議席を占める中、初めて迎えた本格論戦の舞台である。

 首相は国民の信を得たと自信を見せ、憲法改正について「改憲案の提示は国会議員の責任」とまで踏み込んだ上で、与野党に衆参の憲法審査会で議論を深めるように促した。改憲に向けた流れを加速させたい思いが強いのだろう。前のめりになりすぎている感が否めない。

 自民党総裁任期中での改憲に強い意欲を持っているのは間違いない。しかし改憲の必要性を含めて説明はほとんどなく、国民的な議論も深まっている状況にないのは明らかだ。

 自分が思い描く改憲のスケジュールだけで手続きを急ぐことがあってはならない。今国会で憲法審査会での与野党の議論を始めるとしても国民の十分な理解なくしては成り立たない。改憲項目の絞り込みなどはまだまだ早すぎる。あくまで出発点であると肝に銘じてほしい。

 改憲うんぬんの前に与野党で議論を尽くすべき重要案件はめじろ押しといえる。経済対策を盛り込んだ第2次補正予算案や消費税増税の延期法案が提出されたのに加え、地球温暖化対策の「パリ協定」の批准に向けた議案も提出される予定だ。

 その中でも激しい攻防となりそうなのが、先の通常国会で継続審議となった環太平洋連携協定(TPP)の承認案と関連法案である。政府与党は「成長戦略の鍵」と位置付け、早期成立を最優先課題に挙げている。

 しかし大筋合意から1年が経過したのに暮らしに与える影響について説明が尽くされたとは言いがたい。特に農業従事者の疑問は解消されていない。

 農業分野の関税では、国会決議で「聖域」としたコメなどの重要5項目を含め、日本の大幅な譲歩が明らかになった。にもかかわらず政府は情報開示に後ろ向きで、交渉経過については口を閉ざす。加えてTPP発効に伴う経済効果や影響試算の妥当性については疑問点が残ったままだ。これでは法案成立以前の段階であろう。

 農家の懸念が現実となるような問題も浮上した。国が管理する輸入米入札で不透明な取引が行われ、入札価格より大幅に安い価格で販売された可能性が出てきたからだ。コメでは米国やオーストラリア向けに新たな輸入枠が設けられるが、国産米価格への影響を「ゼロ」と試算してきた。不透明な取引が事実なら試算の前提が崩れ、政府の説明の信頼性が揺らぎかねない。

 大詰めを迎えた米大統領選で、クリントン、トランプ両候補とも否定的な姿勢を示している。日本だけ先行して今国会の承認にこだわる必要はない。強引な採決などもってのほかだ。

 同じことは他の議案についてもいえる。政府与党に丁寧かつ慎重な国会運営を求める。

 野党の真価も問われる。とりわけ第1党の民進党は代表に蓮舫氏、幹事長には党内の異論を押し切って野田佳彦前首相が就いたばかりだ。「批判から提案へ」とうたうが、どこまで国会論戦で存在感を示すことができるか。早速、試金石となる。

(2016年9月27日朝刊掲載)

年別アーカイブ