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連載・特集

日露首脳会談を前に <1> 広島大名誉教授 井上研二さん=広島市中区

 安倍晋三首相(山口4区)は15日、ロシアのプーチン大統領を地元の長門市に迎え、首脳会談に臨む。第1次政権時代から16回目、ことしに入って4回目の直接対談では、北方領土問題を含む平和条約締結交渉が前進するかどうかが最大の焦点となっている。会談でどんな成果が得られるのか。世界が注目する会談を地元はどう迎え入れようとしているのか。専門家や地元住民たち5人に聞く。

2島返還論の行方 焦点

 長門市での会談は、北方領土問題に道筋をつけ、平和条約の締結を加速できるかどうかが最大のポイントになる。ともに支持率が高く、長期政権を担う強いリーダー。交渉結果に対し、ある程度の世論の反発が出ても乗り越えられる。安倍首相には、この機会を逃せば永久に解決できないという焦りに似た思いがある。

 安倍首相は9月、ロシア極東ウラジオストクでプーチン氏と会い、長門市での首脳会談に合意した。

 2人の友好、信頼関係をより強固にするのが、安倍首相の狙いだ。両国首脳が15回も会談したのは、ソ連時代を含めて例がない。自分の故郷でともに温泉に入り、酒を飲みながらじっくりと話す意義は大きい。

 トップだけでは国家間の問題は解決できないが、事務レベルだけでも決着しない。安倍首相はかつて、父の晋太郎外相のソ連訪問に同行している。任期中に北方領土問題を解決し、平和条約を結ぶのは悲願だ。

 11月のペルーでの会談後、安倍首相は「解決への道筋が見えてはいるが、簡単ではない」と述べ、交渉の厳しさをにじませた。

 ペルー会談で、ロシア側には「シロビキ」と呼ばれる軍・治安機関出身の強硬派が列席していたと言われる。「4島のうち、色丹島と歯舞群島の2島を引き渡すのではないか」との観測がロシアで高まり、圧力がかかったのではないか。

 残る択捉島と国後島では11月下旬、ロシア軍が、日本本土も射程に入れる新型地対艦ミサイルを配備したことも分かった。ロシアにとって北方領土は戦争で得たもので、「返還」の文言は使っていない。少なくとも択捉、国後の2島は絶対に引き渡さないだろう。

 岸田文雄外相(広島1区)が今月2日にサンクトペテルブルクでプーチン氏と、3日にモスクワでラブロフ外相と会い、長門会談へ詰めの交渉をした。

 プーチン氏が外国の外相と会うのは珍しく、好意的な対応だ。日本にとっては長門会談で、色丹と歯舞の2島返還への将来的な道筋をつけられれば、大きな意義があったと言える。実現すれば領海も広がる。「4島返還では、いつまでも解決しない」という国民意識も一定に高まっている。

 米国の次期大統領にドナルド・トランプ氏の就任が決まった。ロシアが日本と交渉する優先順位は下がったとの指摘もあるが、そうは思わない。ロシアにとって日本の経済力は魅力で、国民の親日意識も高い。米国が保護主義的になれば日ロ交渉への干渉が弱まり、プラス面の効果が大きい。(村田拓也)

いのうえ・けんじ
 1940年旧満州(中国東北部)生まれ。早稲田大大学院文学研究科博士課程単位取得退学。時事通信社記者などを経て、92年に広島大総合科学部教授。2004年に退官し、現在は広島市在住の元教職員たちによるボランティア組織「広島大マスターズ広島」の代表幹事を務めている。専門はロシア語、現代ロシア論。

北方領土
 択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島の総称。面積は択捉3168平方キロ、国後1490平方キロ、色丹251平方キロ、歯舞95平方キロの合計5003平方キロ(小数点以下を四捨五入)で、福岡県(4986平方キロ)に匹敵する。太平洋戦争で無条件降伏を求めるポツダム宣言の受諾を日本が表明した後の1945年8~9月に旧ソ連軍に占領され、現在もロシアが実効支配する。日本政府は51年のサンフランシスコ講和条約で千島列島を放棄したが、4島は含まれないとの立場を取る。日ソ両政府は56年、平和条約締結後に色丹、歯舞を引き渡すと共同宣言に明記したが、実現していない。

(2016年12月6日朝刊掲載)

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