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社説・コラム

『この人』 広島県被団協の事務局長に就任 前田耕一郎さん 

被爆者体験伝え恩返し

 「被爆者の体験、気持ちを将来につなぐためのお手伝いがしたい」。広島県被団協(坪井直理事長)の事務局長に1日付で就いた。被爆者ではなく、前面に出るのも得意でない。ただ、平和記念公園(広島市中区)にある国立広島原爆死没者追悼平和祈念館長と、原爆資料館長という被爆の記憶の継承と発信を担う両施設のトップを務めた、余人にない経験がある。

 戦後生まれで、育ったのは鹿児島市。母親は今の安佐南区出身だが、終戦時は満州(現中国東北部)にいて被爆していない。その母親に連れられて小学3年の時、初めて原爆資料館を訪れた。「溶けたガラス瓶を見て、原爆の威力に衝撃を受けたのを覚えている」。大学院進学を機に広島市で暮らし、市役所に入庁。人事や総務部門に長く在籍した後、思ってもみなかったというその原爆資料館の副館長を経て、2002年に開館した国の追悼平和祈念館の初代館長となった。

 そこで、収蔵した膨大な被爆体験記や追悼記に向き合った。親や子、友を亡くした人たちの苦しみに触れ、被爆者を人間として身近に感じた。06年に資料館長に。被爆者以外では27年ぶりだったが、追悼平和祈念館長としての4年の経験が、米国のペロシ下院議長や、アフガニスタンのカルザイ大統領ら多くの要人に被爆の実態を「代弁」していく下地になった。

 ことし6月から、県被団協から請われて事務局員に。老いが進む被爆者の活動を支える責任を痛感する。「被爆者に関わって仕事をさせてもらった。その恩返しがしたい」。安佐北区で妻と2人暮らし。(長久豪佑)

(2016年12月6日朝刊掲載)

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