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社説・コラム

『潮流』 片隅に生きる

■報道部長・金森勝彦

 戦争しよっても
 セミは鳴く
 ちょうちょも飛ぶ

 戦中の広島市と呉市を舞台にしたアニメ映画「この世界の片隅に」。時代が重くのしかかる中、毎日を精いっぱいに、しかも楽天的に暮らす主人公すずの言葉だ。

 広島市出身のこうの史代さんの原作を、片渕須直監督が映画化した。11月中旬に封切りされ、入館者は32万人を超えた。60館余りの小規模公開だったが、今では83館に広がり、海外からの上映オファーも数多く舞い込んでいる。

 1944年、すずは18歳で広島から呉へお嫁に入る。旧海軍工廠(こうしょう)を抱え、東洋一の軍港と呼ばれていた街。ただ、終戦を前に戦況は悪化し、度重なる空襲で、すずは大切なものを失ってしまう。とぼけた性格で愛されていたが、玉音放送を聴いた後、激しく怒りだす。この国から正義が飛び去っていく―。つましい暮らしを生き抜いてきた。信じていた世界に裏切られた悔しさから泣き崩れる。

 昨年夏、片渕監督にお会いした。戦艦大和が呉港に帰ってくる数秒のシーンがある。この描写のために、大和の入港日が4月17日だったことを突き止める作業から始めたのだという。呉鎮守府の戦時日誌を読み込み、その日の天気や気温を調べ、洋上の大和の姿をフィルムに落とした。

 現地調査や関係者へのインタビューも重ねた。広島や呉を幾度となく訪れ、街並みや建物をカメラに収める。制作にかかった年月は6年。戦時下の日常にこだわった「この世界」は今によみがえった。

 挿入歌「悲しくてやりきれない」は、60年代後半、ザ・フォーク・クルセダーズがヒットさせた。そのやるせないモヤモヤ感は、すずの時代に、そして今の時代にも重なり合う。

 75年前のきょう、日本は真珠湾に奇襲をかけた。そして太平洋戦争が始まった。

(2016年12月8日朝刊掲載)

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