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社説・コラム

社説 核廃絶への道 トランプ氏 広島訪問を

 3月から、核兵器禁止条約の制定交渉が初めて国連の場で動きだす。核兵器を巡る歴史的な一歩となるかもしれない。

 核兵器が非人道的な兵器であることは論をまたない。しかし使用を明確に禁じる国際法はなかった。今回の交渉が成功すれば、広島・長崎への原爆投下によって核の時代が到来して以降、大きな転機となる。

 「こんな思いをほかの誰にもさせてはならない」と廃絶を訴えてきた被爆地からは条約交渉への期待が高まっている。

 ただ核軍縮の流れは岐路にある。核兵器の禁止を求める非保有国と、保有国との溝は深い。まもなく8年の任期を終えるオバマ米大統領が唱えてきた「核兵器なき世界」の理念は揺らいでいる。昨年は米大統領として初の広島訪問を果たしたが、トランプ政権下では情勢が一変する恐れがある。年の初めに私たちも危機感を共有したい。

 条約の根底にあるのは核保有国に対する国際社会の怒りである。核拡散防止条約(NPT)は、米英仏中ロの5カ国に核兵器の保有を認めてきた。しかしこれらの国々は条約が定める核軍縮には消極的だ。このため非合法化して廃絶の流れを明確にしようと非保有国が立ち上がったのが、条約の流れだろう。

焦点は「実効性」

 条約は構想段階で、実効性ある条約作りがどこまで進むか見通せない。ただ現時点でいくつかの流れが考えられよう。

 一つは、核保有国が入らなくても、禁止条約を先に作ってしまう案だ。地雷やクラスター弾も同じ流れで禁止条約が制定され、批准の輪が広がった。

 だがこれには課題もある。核兵器の製造、開発、使用、威嚇などを全面禁止すれば、核保有国はもちろん、米国の「核の傘」の下で核抑止力に依存する日本なども条約に入ることは現実的に難しい。条約ができてもそこで廃絶の流れは止まる恐れがある。唯一の戦争被爆国の日本も入らない条約でいいのか。議論は分かれるかもしれない。

 あるいはもっとソフトな条約にする案も考えられる。「核兵器の使用を禁止する」という大原則を条約に記し、具体的な時期や手法などは別の議定書などでとりまとめる手法だ。日本などが検討しやすくなる利点がある。ただ廃絶への道筋があいまいになる恐れは捨てきれない。

非人道性 議論を

 3月からの交渉はこうした考えが交錯し難航は必至だろう。

 重要なのは、核兵器の非人道性を巡る議論を深めることだ。いまなお世界には約1万5千発の核兵器がある。ひとたび使われれば無差別に市民が殺され、放射線被曝(ひばく)は国境を越える。人道にもとる兵器であることを踏まえれば、国同士のパワーゲームによって議論にブレーキをかけることは許されない。

国際情勢に暗雲

 とりわけ問われるのは、日本政府の立ち位置だ。条約の交渉決議案に日本は反対票を投じた。そして賛成多数で可決した直後、一転して交渉に参加する意向を表明している。この動きに、議論に参加して条約の内容を骨抜きにしようとしているのでは、といぶかる向きもある。核保有国と非保有国の「橋渡し役」を自任するのであれば、自ら率先して廃絶を実現する具体策を示すことが求められよう。

 懸念を深めるのは、核を巡る国際情勢に暗雲が見えつつあることだ。米大統領に就任するトランプ氏はツイッターで「核戦力の大幅な強化」を唱えた。ロシアのプーチン大統領も核戦力を強める意向を示す。核超大国が軍拡に進めば世界は一気に緊迫化しかねない。

 「他国に対抗するため核武装を」との考えが行き着く先は何なのか。すべての国が威嚇し合う悪夢の世界、そして人類の破滅でしかない。

 だからこそトランプ氏はオバマ氏に倣って被爆地を訪問すべきではないか。すぐは無理なら、せめて被爆者を含む広島と長崎の訴えに耳を傾け、核兵器がいかに人道に反するかを十分に知ってほしい。核兵器で脅し合うことこそ世界を不安定にしていると気付いてもらいたい。

(2017年1月4日朝刊掲載)

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