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社説・コラム

社説 トランプ氏会見 発言の重みを自覚せよ

 米大統領就任式まで1週間。トランプ政権の波乱を強く予感させた。大統領に当選後、初の本人による記者会見である。

 医療保険制度改革(オバマケア)など、現政権からの政策転換をぶち上げただけではない。「神がこの世に創造した最大の雇用創出者になる」と大見えを切った。そして貿易不均衡が続いていると日本や中国を名指しで批判し、高関税をちらつかせるトランプ節を繰り広げた。

 物議を醸したトランプ氏の言動は選挙中のアドバルーンにすぎず、大統領になれば穏当な物言いになる―。そんな楽観論もあった。しかし今回の会見を聞く限り、前よりは慎重さが感じられたが大風呂敷の割に具体性を欠く点や、メディアを敵視する姿勢は変わっていない。

 威信に陰りがあるとはいえ、米国は経済的にも軍事的にも世界一の大国である。その指導者が本当に務まるのか。さらに疑問符が付いても仕方あるまい。

 当面、国際社会の最大の関心はトランプ氏の通商政策にあろう。長い交渉を積み重ねて現在に至る貿易ルールを曲解した上に、自動車や製薬といった企業に露骨に圧力をかける姿勢は、むろん見過ごせない。このまま米国の政策となるとすれば世界経済の混乱は避けられまい。

 同時に不安になってくるのはトランプ氏の政治家としての資質そのものである。

 型破りはいいとしても、やはり常識に欠けるのは否めない。選挙戦から訴えてきたメキシコ国境の「壁」の建設はどう考えても荒唐無稽な話だ。しかも相手国が拒否しているのに、会見では後払いでも費用を負担させると公言した。こんな調子で他国の外交交渉にも臨むとすれば由々しきことになる。

 自らの身辺はどうなのか。手掛けてきた不動産などの事業は子どもに継承するとして「大統領職との利益相反はない」と明言したが、本当に政権との利害関係はないと言い切れるのか。ただでさえトランプ政権は娘婿のクシュナー氏を大統領上級顧問に据えるなど、縁故主義と公私混同の感もあるからだ。

 もう一つは大統領としての情報発信の在り方である。

 会見ではトランプ氏の私生活上の弱みをロシアに握られているとの情報を米CNNなどが報じたこともあり、会見冒頭からメディア批判を始めるなど嫌悪感を隠さなかった。メディアを意図的に選別する姿勢も見えた。しかし自らに不利な報道にこそ丁寧に対応するのは、民主主義国家のリーダーとして当然のことではないか。

 その点でいえば、国内外にとって重要な問題を詳しい説明もないままツイッターで一方的に伝えるのも自重したらどうか。既に各国政府や市場がトランプ氏の一言一句に振り回されている。思い付きの乱暴な言葉で混乱させられるのは願い下げだ。

 オバマ大統領の最後の演説と比べたくなる。「民主主義の維持には相違を超えた結束が重要だ」と国民に訴えた中身は力があった。2期8年、政策実行は道半ばだったが自らの理念を言葉として明確に伝え、共感を呼ぶ指導者だったといえよう。

 トランプ氏も大統領の座に就けば、一民間人だったこれまでと立場は全く異なる。せめて自らの振る舞いの持つ重みを十分に自覚すべきである。

(2017年1月13日朝刊掲載)

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