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社説・コラム

社説 オバマ政権の8年 歴史に名を刻めたのか

 米国のオバマ大統領が退任の日を迎える。米メディアによれば、ここにきて支持率が60%に上昇したという。先行きが危ぶまれるトランプ新政権に対する不安の裏返しかもしれない。

 米国が対テロ戦争に疲弊し、世界的不況の荒波に直面する中でオバマ氏は登場した。「イエス・ウィ・キャン」の掛け声とともに。国民の歓喜に迎えられた2009年1月の就任式が、きのうのことのようだ。

 国際協調という理念を掲げ、プラハ演説では「核なき世界」を表明した。核戦争の脅威におびえてきた地球の未来に、明るさが見えたようにも思えた。

 あれから8年、米国と世界は変わったのだろうか。少なくとも「イエス」とはいえまい。就任の年に早々とノーベル平和賞を受けたオバマ氏が、本当の意味で世界の歴史に名を刻めるかは今のところ見通せない。

 むろん数々の歴史的舞台を演出したのは確かだ。特に2期目は「政治的遺産(レガシー)」を意識したのだろう。上下両院が共和党優位に転じる中で、大統領権限を発揮できる外交に活路を見いだした感がある。キューバとの電撃的な国交回復やイランとの核問題の合意に加え、昨年5月の広島訪問もその流れに位置付けられよう。

 私たちは原爆投下国の首脳が被爆地を訪れたことを歴史的決断として高く評価した。しかし振り返ればこの8年、核兵器を巡る情勢がむしろ悪化した事実も見過ごせない。米国とロシアの軍縮交渉は頓挫し、北朝鮮の核開発はエスカレートした。

 何より米国自身が核兵器の近代化と核抑止力に固執し、廃絶に向けた国連の議論にも背を向け続けた。いったんは浮上した先制不使用宣言の検討も、うやむやになってしまった。

 オバマ外交の限界は中東政策でも明らかだ。イラクとアフガニスタンからの撤退路線はいいとしても「後始末」を誤ったために過激派組織「イスラム国」(IS)の伸長を許したとの見方もある。「アラブの春」に端を発したシリアの内戦にしても泥沼化を食い止める役割を十分に果たしたとは思えない。

 高い理念に政治的な実行力が追い付かなかった―。それがオバマ政権の内実なのだろう。

 内政も同じことがいえる。国民皆保険を図る医療保険制度改革(オバマケア)は画期的だが財政赤字増大への批判も強く、共和党との対立激化の一因となって政治の分断を招いた。弱者への目配りを掲げる一方で現実の格差は広がり、募る不満は昨年の大統領選に反映された。

 ただ理念を重んじる政治手法自体が間違っていただろうか。

 いかにも目先の利を優先しそうなトランプ氏は前政権の政策を覆す方向に動くだろう。継承すべき「遺産」は継承せよと言いたくもなるが、これまでの言動からは望み薄に思える。

 そこにオバマ氏の今後の役割があるはずだ。財団を設立すると聞く。少なくとも核兵器廃絶に向けた世論形成を民間人の立場から後押しするのは、ノーベル賞受賞者の責務ではないか。

 そのために広島と長崎には何度でも足を運んでもらいたい。米軍には歴代大統領の名を艦船に付ける慣例がある。空母「バラク・オバマ」が核戦争の一翼を担う―。悪夢のような未来を絶対に防ぐためにも。

(2017年1月20日朝刊掲載)

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