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社説・コラム

天風録 「足りない想像力」

 直木賞作家の西加奈子さんの最新刊「i」は、シリア生まれの少女アイが主人公。彼女は世界で起きた大災害やテロによる死者の数をノートに書き留めずにいられない▲米国人の父と日本人の母の養子で、日本で暮らす。しかしアイは「どうして自分だったのだろう」と恵まれた境遇への罪悪感を振り払えない。養子になれなかった祖国の子どもたちにも、遠い国での悲劇にも思いをはせる。痛々しいまでの想像力で▲物語には実際のニュースが登場する。9・11テロや福島の原発事故。世の厳しさに揺れるアイは、いまの米国の現実にも当惑するに違いない。トランプ米大統領が空港にまで築いた「国境の壁」に、内外の混乱は広がるばかりだ▲全ての難民と、シリアなどイスラム圏7カ国の市民の入国禁止は、どう考えても人権侵害だろう。自由と平等をうたってきた「移民の大国」はどこに。デモは激しさを増し、提訴も相次ぐ。新リーダーの顔色をうかがっていた米企業も反発し始めた▲小説の題名には、困難な世界に向き合う「I(私)」の意味もにじむ。私たちの国の政府も抗議すべきだ。他者への想像力を欠く米国ファーストは、民主主義を壊してしまうと。

(2017年2月1日朝刊掲載)

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