×

社説・コラム

社説 米入国禁止 日本はなぜ物申さない

 トランプ米大統領の暴挙が世界に混乱を引き起こしている。難民の受け入れ凍結とイスラム圏7カ国からの入国禁止を決めた大統領令である。

 国際社会に背を向けた過ちと言わざるを得ない。難民対策は世界共通の課題である。その解決のために国際的な協調と団結が不可欠だとする「難民の地位に関する条約」にも、あるいは移住の自由を保障する「世界人権宣言」にも、トランプ政権の外交政策は反していよう。

 米国が「人権大国」と胸を張れた理由の一つは、この条約を順守し、長く難民を受け入れてきたことにある。大統領令を速やかに撤回し、事態を収拾することを強く求めたい。

 入国禁止について、トランプ氏は「イスラム教徒対象の禁止令ではない」「宗教でなくテロを問題にしている」と主張している。入国審査の厳格化までとしているが、対象7カ国で大多数を占めるイスラム教徒を敵視しているとしか思えない。信教の自由を保障する米国憲法にも違反する恐れがあろう。イエーツ司法長官代行が大統領令を擁護しないよう部内に指示して解任されたのも、覚悟の上で良識を示したといえる。

 テロ対策としてもかえって逆効果ではないか。過激派対策で協力を求めるべき、テロとは無関係の大多数のイスラム教徒からも今回の措置は無用の反発を招きかねない。過激派組織「イスラム国」(IS)などが反米の宣伝材料に使い、新たなテロに走る可能性も拭えない。

 それほど深刻な影響を及ぼす政策にもかかわらず、意思決定の拙速さはどうしたことか。与党の共和党重鎮、マケイン上院議員が「各省との協議がほとんどないまま、実行に移してしまった」と明かしたほどだ。

 米国内でも立法や司法で対抗措置の動きが強まっている。上院では民主党が大統領令を覆す法案提出を表明した。マサチューセッツなど各州の連邦地裁判事は、合憲的な滞在資格を持つ人の強制送還停止を命じる決定を相次いで出した。米国の民主主義の伝統を守るなら、三権分立を働かせて大統領の暴走を食い止めるしかないはずだ。

 むろん影響はトランプ氏が最優先とする経済にも及ぶ。世界中から人材を呼び寄せ、活力を維持してきた米経済にとってもマイナスとみたのか、IT業界トップなど多国籍企業を中心に異論も出始めた意味は重い。

 国際社会の連携も問われてくる。移民問題を抱える欧州ではドイツとオランダの外相が米国を批判する声明を発した。トランプ政権と接近しつつある英国のメイ首相も当初は「米国の問題だ」としていたが、自国内の反発から米国の措置には同意しない意向を打ち出した。

 対して、日本政府の立ち遅れは目に余る。きのうまでの国会審議で入国禁止問題への対応を問われた安倍晋三首相は「米国の内政問題」とコメントせず、明らかに逃げている。10日に日米首脳会談を控え、経済や安全保障の問題でトランプ氏を刺激したくない腹が見え見えだ。

 首相は事あるごとに自由、民主主義、基本的人権といった価値観を日米同盟の大前提としてきた。このままでは目先の思惑を優先し、人権には冷たい国と受け取られても仕方ない。今こそ厳しく物申すべきである。

(2017年2月2日朝刊掲載)

年別アーカイブ