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社説・コラム

社説 「この世界の」大ヒット 継承のヒントもらった

 予想を上回る大ヒットといえよう。アニメ映画「この世界の片隅に」が昨年11月の封切り以来、全国各地で上映館を増やしてロングランを続けている。観客数は120万人を超えた。

 片渕須直監督が世に問うたアニメは戦時下の呉と広島を舞台とする。記録的大入りの「君の名は。」には及ばないにせよ、私たちの地域が関わった作品が口コミで人の輪を広げ、老いも若きも世代を超えて共感を呼んでいる。それだけで喜ばしい。

 既に映画賞を取るなど、専門家の評価も高い。作中に登場する呉などのスポットには「ロケ地マップ」を手にした遠来のファンが目立つという。ブームといえるかもしれない。

 この映画が、多くの人の心を打つのはなぜか。何より作品世界の奥深さにあろう。

 広島出身の漫画家こうの史代さんの同名漫画が原作である。というより原作に限りなく沿ったアニメ化だろう。広島の江波に生まれ、大戦中に呉に嫁いだ「すず」を主人公に、戦争で厳しくなる暮らしや空襲に向き合う日々を、時間を追って淡々と描いていく。やがて訪れる悲劇と終戦を経た再起まで―。

 反戦をことさら強調した作品ではない。暗かったと思われがちな戦時下にも日常の何げない楽しみがあり、人間味のあふれた家族の触れ合いがあった。そのことをユーモアを交えて表現しているのが特徴だろう。

 声の主演で、温かみのある広島弁を披露した俳優のんさんの感想が印象に残る。「戦時下の人たちも普通の暮らしをしている」。苦しい中でも幸せを求めた人たちの思いを等身大で共有し、当たり前の暮らしの大切さを実感する。そして日常が失われる残酷さを肌で知る。その臨場感が作品の持つ力といえる。

 空襲などを描いたアニメは、過去に幾つもあった。今回特筆すべきは細部まで考証し、時代の空気を再現した強い熱意かもしれない。その点はこうのさんも片渕監督も共通しよう。

 当時の生活や空襲などに関わる資料に丹念に当たり、体験者の声を聞いた。さらにアニメ制作では町並みのリアルな復元はもちろんのこと天気や気温、空襲警報発令の時間まで調べた。空腹を紛らそうと、ご飯のかさを増す「楠公飯(なんこうめし)」を作るシーンが話題だが、監督が実際に料理して味を確かめたらしい。

 戦後70年余り。あの時代を若い世代が実感できないのは確かだ。作品化も継承の手段となろう。ただ映画であれ、小説や漫画であれ、戦争を正面から描くのは体験がないほど難しい。リアリティーを欠き、時に誇張や美化にもつながりかねない。

 いま絶賛されるこの作品の完成までの地道な努力こそ、それを乗り越える大きなヒントになるのではないか。むろん作品世界に限らない。私たちの地域で被爆体験、戦争体験を語り継ぐ営みも同じだろう。つまるところ、等身大の感覚で時代の真実に粘り強く迫る姿勢である。

 このヒットは、アニメ化を応援するクラウドファンディングが広島などで広がったのも大きい。ネット上で小口の出資を集める手法で、時間と費用がかかる制作現場を後押しした。派手さはなくても良質な作品づくりを地域で支える。そんな仕組みをさらに考えたい。第二の「この世界の」を生むために。

(2017年2月5日朝刊掲載)

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