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社説・コラム

『言』 永世中立と日本 もう一度外交の選択肢に

◆礒村英司・福岡国際大准教授

 「戦争する国にしないための中立国入門」(平凡社新書)という新刊書に目を引かれた。スイスの永世中立をはじめ諸外国の事例を掘り下げ、日本の外交と安全保障のこれからを問う。戦後日本で語られた「非武装中立論」は今や霧消した感があるが、その中で一般向けの解説書を出す意味は何なのか。著者で国際法学者の礒村英司・福岡国際大准教授(46)に聞いた。(論説副主幹・岩崎誠、写真も)

  ―「永世中立」という言葉を久しぶりに聞きました。
 私が研究テーマに選んだのは1991年の湾岸戦争で戦争と中立に関心を持ったのが契機でした。いま国際法の分野では、ほとんど研究者はいません。今回は出版社からオファーがあったんです。編集部が日本の安全保障を考える中で永世中立をテーマとする本を思い付き、ネット検索で書き手を探したら私ぐらいしかいなかったそうです。知られた学者でもないし、世に問う意識は薄かったのですが。

  ―ある意味で安倍政権の動きが書かせたともいえますね。
 安倍晋三首相は2014年に集団的自衛権行使を限定的に認め、15年に安保法制を作りました。首相の言によると戦争に巻き込まれる可能性がいっそうなくなり、日本の安全が確保されるとしています。一方で戦争に巻き込まれないのが目的ならそのために生み出された中立政策も長い歴史があるのです。

  ―しかし今の日本においては「中立」など現実的ではないとの受け止めが大半でしょう。
 終戦後は違いました。日本に進駐した米国のマッカーサーは「日本は極東のスイスたれ」と持論を示しました。多くの日本人も好意的に受け止め、永世中立化の検討は1946年の外務省の研究報告にも見られます。朝鮮戦争とともに現実路線として日米安保と国連による集団安全保障に委ねる道を取ったんです。しかし将来にわたって最善の策なのか。日米同盟にどっぷりの集団的自衛権という政策に替わるオプションとして、永世中立を検討材料にしてもいいのではないでしょうか。

  ―スイスがお手本ですか。
 そもそも永世中立国とは戦時の中立義務に加え、平時においても将来の戦争に巻き込まれない義務を負う国家のことをいいます。中立の概念は古代ギリシャ以来、時代とともに変わってましたが、19世紀に完成した国の一つがスイスです。国際条約に基づくもので200年守っています。やはりモデルケースでしょう。この間、根幹の部分は変えていません。戦争には関わらないことです。近年はイラク戦争で米国が要求した米空軍の領域通過を中立国の義務に従って拒否し、紛争当事国への軍事物資の提供を禁止しました。

  ―スイスには強い軍隊も徴兵制もあるから中立が可能だ、という見方もあります。
 確かに国民皆兵が中立維持のアイデンティティーとなっています。ただ武装の要素が全てではありません。歴史的には武装したベルギーは侵略され、永世中立を断念しています。武装、非武装は必ずしも中立の条件にならないと私は考えます。中米のコスタリカは非武装中立を貫き、地域の紛争解決に貢献しました。もちろん日本がすぐコスタリカをまねできるという単純な話でもありません。それぞれ固有の事情があるからです。

  ―日本はどうすれば。
 米ソの対立で中立に立つ余地があった冷戦は終わり、国連の名の下に武力も含めた特定国への制裁が頻繁に起こり得るのが現代の世界です。中立国の在り方も岐路を迎えています。日本が将来、中立を掲げるとすれば国民自身がその意味をしっかり理解し、覚悟を決める必要があります。憲法9条の立憲主義に立つなら自衛隊の存在を問い直す必要はありますが、現実問題として自衛隊をなくすことはできない。いわば「軽武装中立」が選択肢となるでしょう。

  ―国際情勢の悪化も踏まえるべきなのでしょうね。
 日本を取り巻く東アジアの情勢を考えれば武力紛争が発生する可能性は否定できません。さまざまな国で排外主義も台頭しつつあります。中立を宣言する意義と余地は十分にあるでしょう。この本は多くの人に読んでほしいのですが、厳しい現実への危機感の裏返しだとすればちょっと複雑ではあります。

いそむら・えいじ
 北九州市生まれ。西南学院大大学院法学研究科(法律学専攻)博士課程退学。11年に福岡県太宰府市の福岡国際大国際コミュニケーション学部専任講師、15年准教授。主に永世中立制度と武力紛争時の環境保護を研究テーマにする。国際法学会、日本平和学会に所属。

(2017年2月8日朝刊掲載)

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