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社説・コラム

社説 法相文書問題 三権分立 侵しかねない

 「共謀罪」の構成要件を厳格化した「テロ等準備罪」を巡る国会論戦で、金田勝年法相が作成を指示した文書は国会審議への介入と受け止められても仕方あるまい。きのう民進党など野党4党が辞任要求で一致したが、法相本人の謝罪と撤回で政権は乗り切りたい腹積もりだ。

 しかし、今国会で与野党が真っ向から対立する組織犯罪処罰法改正案について、このまま国会答弁できるのか、甚だ心もとない。それでも東京五輪とテロ対策を前面に掲げて、説明もそこそこに法案成立へ突き進むようなら、由々しき事態だ。

 文書は「予算委におけるテロ等準備罪に関する質疑について」と題し、6日に法務省が報道機関向けに発表した。それによると、法案は検討中で与党協議も終わっていない段階であり「成案を得て国会に提出した後、所管の法務委員会において、しっかり議論を重ねていくべきものと考える」としている。

 法相はまずもって、予算委員会の役割と権限をご存じないようだ。予算委は国の基本方針全般にわたって議論するのが慣例で、質問内容には制限がない。「法案が出てくるまでは審議お断り」と言わんばかりの文言は、国会軽視であり三権分立を侵しかねない内容だろう。

 法案の細かい説明はできなくても、現職閣僚なら法案の趣旨は現段階でも説明がつくはずだ。本来なら堂々と臨めばいい。文書に記されたことは国会答弁で説明すべきであり、わざわざペーパーにして報道機関に配る意図が理解できない。

 テロ等準備罪について、法相の答弁は二転三転してきた。質問とかみ合わず、たびたび審議が中断したこともある。要領を得ない答弁が際立つのだ。

 化学薬品の事例を巡って「サリン等人身被害防止法の予備罪を適用できる」との指摘に、法相は「判例で予備に当たると言い難い場合がある」と述べた。そのような判例はなく「判例的な考え方」と言い直したが、最終的には答弁を訂正した。

 航空機乗っ取りについても、野党は有力な学説を引いて「ハイジャック防止法の予備罪を適用できる」とした。政府は「予備罪に当たらないこともある。テロ等準備罪には間違いなく当たる」と反論したが、なぜ予備罪を適用できないかは具体的に説明できずじまいだった。

 総じて法相は重要法案に関わる閣僚としては資質に疑問符が付くと言わざるを得ない。なぜこんな人物を起用したのか。

 国会の存在意義をゆるがせにする動きはほかにもある。安倍晋三首相自身もそうだ。先月の施政方針演説では「憲法施行70年の節目に当たり」という表現を用い、憲法審査会で改憲について具体的な議論を深めようと訴えた。行政府の長である首相が時期まで切って立法府に決断を迫る構図ではあるまいか。

 さらに首相は同じ演説で「ただ批判に明け暮れたり、言論の府である国会の中でプラカードを掲げても何も生まれません」と野党を皮肉った。これも首相の公式発言とは思えない挑発的なものである。

 与党で決めれば全てOKという慢心はないか。いずれにしても、首相や政府は多くの疑問や指摘に正面から答えるべきだろう。それこそが首相の言う「建設的な議論」であるはずだ。

(2017年2月9日朝刊掲載)

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