社説・コラム

天風録 「金正男氏の遺言」

 あの風体で現れたとしても酔客の目には「まさか」と映ろう。その人物は<新橋駅前鉄橋の下のおでん屋が思い出される季節です>とハングルで電子メールにしたため「金正男(キム・ジョンナム)拝」と結んでいた。そんな「自由人」がマレーシアの空港で殺害された▲メールの相手は東京新聞の五味洋治記者。長いやりとりの後、マカオで肉声を聞くのに成功した。正男氏は「(北朝鮮の)住民がもっと豊かに暮らせるようにしてほしいというのが願いです」と語り、異母弟正恩(ジョンウン)氏への露骨な批判はなかったという▲16年前、正男氏は偽造旅券が露見し、日本から退去処分を受ける。あの半袖とベストのラフな風体を日本人の多くが知ることに。その後北京では身分を隠さず記者団の質問に応じ、父の死も「自然なことだ」と受け答えする▲今の正男氏が正恩氏の権力基盤を脅かすとは思えない。いったい何が、兄を煙たく思う感情を高ぶらせたのだろうか。殺害が正恩氏の命令なら、自ら中国や韓国、さらには西側諸国との窓口を閉ざしたとしか思えない▲正男氏いわく「私の真実の心を理解できる度量のある人間だと(弟を)信じたい」。そんな同族にも容赦ない狭量に思わず身震いする。

(2017年2月16日朝刊掲載)
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