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社説・コラム

社説 金正男氏殺害 「恐怖政治」色 強まった

 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の異母兄にあたる金正男(キム・ジョンナム)氏が、マレーシアの国際空港で殺害され、きょうで1週間になる。白昼堂々、多くの人で混み合う空港ターミナルでの大胆な凶行だった。謎も多く、底知れない脅威を覚える。

 現地の捜査当局は、実行犯の女2人に続き、北朝鮮国籍の男も拘束している。きのう初めて記者会見し、死因は調査中としたものの、状況から毒殺されたとみて間違いあるまい。

 拘束した男は毒物に通じているとの現地報道もあり、母国の息がかかった「暗殺」との見方が強まっている。

 一方、北朝鮮の駐マレーシア大使は、許可なく遺体を司法解剖したと非難し、遺体引き渡しを迫った。数少ない友好国マレーシアに見せた強い態度には、焦りさえうかがえる。事件を闇に葬るつもりだろうか。そうした姿勢こそが自国の関与を証明しているようなものだ。

 捜査当局は、新たに北朝鮮国籍と特定した男4人を含め、事件に関わった計7人の行方を追っていると発表した。4人は事件当日に出国したという。関係国も情報提供などで協力し、徹底捜査で真相に迫りたい。

 故金正日(キム・ジョンイル)総書記の長男である正男氏は一時、後継者と目されていた。だが2001年、日本に偽造旅券で入国しようとして強制退去を受けて以降、後継レースから脱落した。

 3代にわたる権力の世襲を批判したとも伝えられるが、5年前に金正恩氏が最高指導者となった後は権力の中枢から遠ざかっていた。現体制にとって、もはや「脅威」となる存在ではなかったはずである。

 にもかかわらず、正男氏がなぜ、排除されたのか。韓国の情報機関は「金委員長の偏執的な性格によるもの」で、暗殺計画は以前から存在し、今回も了承の下に決行されたとみる。

 正男氏は事実上、中国の保護下にあったとされ、韓国の朴槿恵(パク・クネ)政権とのつながりもささやかれる。こうした背景から疑心暗鬼に駆られたのかもしれない。

 金委員長は権力を握って以来、体制の障害となり得る人物を次々と粛清してきた。処刑された幹部は、この5年間で約140人に上るという。

 親族も例外ではなかった。4年前には、政権ナンバー2だった叔父の張成沢(チャン・ソンテク)国防副委員長を容赦なく処刑している。内政基盤の強化にそれほど腐心しているのだろう。今回が「暗殺」だとすれば、肉親の命まで奪う冷酷さである。恐怖政治の極みと言わざるを得ない。

 かねて国際的にも許しがたい凶行を繰り返してきた国家である。日本人拉致事件をはじめ、韓国閣僚らを爆死させたラングーン事件や大韓航空機爆破事件などがある。

 今でも、核・ミサイル開発を巡る国連や国際社会の再三再四の警告、制裁にもかかわらず、一向に自重する気配を見せない。先日も日米首脳会談に合わせるように、弾道ミサイルを日本海へ発射してみせた。

 今回の事件で、独裁国家の異様さや闇の深さが、あらためて浮き彫りになった。北朝鮮の行き詰まりを示してもいようが、「暴走」や「暴発」は怖い。国際社会は動向を注視しつつ、外交による抑え込みに結束して当たらねばならない。

(2017年2月20日朝刊掲載)

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