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社説・コラム

『潮流』 絵日記の中の収容所

■論説主幹・佐田尾信作

 神奈川県藤沢市の作家石浜みかるさんに「トパーズタイムズ」という日英両語の古い新聞の束を見せてもらったことがある。石浜さんは周防大島や平郡島(柳井市)から米ハワイに渡った移民の子孫である。

 日米開戦後の75年前、米西部の日系人11万人以上が大統領令によって収容所に送られる。トパーズもユタ州の収容所の一つで、その新聞は検閲を経て日系人の手で発行されていた。

 石浜さんの伯母はこの収容所で、乳がんによって亡くなった。葬儀の写真も見せてもらったことがある。仏式だが、とらわれの地の弔いに日系の同胞はじくじたる思いで参列したことだろう。新聞は伯母の遺族が長らく保管し、一族の歴史を調べてきた石浜さんが譲り受けたものである。

 収容所では子どもたちが絵日記を書いていた。石浜さんに教わった「トパーズの日記」(金の星社、1998年)に詳しい。ユタ州の米国人研究者の手になるノンフィクションだ。

 「トパーズの日記」に絵の一部が再録されていて興味深い。それは荒涼とした砂漠の世界。例えば、行き倒れの牛の骨が転がり、遠くで砂嵐が起きている。たこ揚げも有刺鉄線の内側でしかできず、こいのぼりが泳ぐ下はバラックが続く。あるいは、巨大なガラガラヘビがとぐろを巻く。

 ガラガラヘビなど恐らく見たこともない西海岸生まれの子どもたちだ。砂漠の嫌なものを絵に表しながらも、合衆国に忠誠を誓わなくては生きていけない。戦争遂行に協力するため、古くぎを集めていることが絵日記にある。そこには曲がったくぎに縁取られた星条旗も描かれているが、どんな思いを託したのか。

 昨年末、日米首脳のハワイ会談で日系人強制収容の歴史にも久々に光が当たった。あの時代の子どもたちが何を見て感じたのか。いま一度思いをはせたい。

(2017年2月25日朝刊掲載)

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