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連載・特集

緑地帯 「声」を求めて 藤森晶子 <4>

 私が調査してまとめた「丸刈りにされた女たち」は、実際に起きた女性への暴力についての本だ。だが、その中には、性差別にあらがう「フェミニズム」という語も、社会的につくられた性差である「ジェンダー」という語も使う機会がなかった。

 それでも私が目指していたのは、「底辺女性史序章」の副題も付いた山崎朋子さんの著書「サンダカン八番娼館(しょうかん)」である。1972年発表のこの作品は、19世紀後半から20世紀前半、日本から東南アジアに渡り、娼館で働いた女性たち「からゆきさん」の歴史的考察を行いつつ、聞き取りを基に彼女たちの個人史を描く。

 山崎さんが取材の道程をも描いたこの本にヒントを得て、私は「女たち」を探す過程で、調査に批判的であったり協力できないと断られたりした人の意見も聞き取った。「丸刈り」を目撃したとか「女たち」を知っているという、被害者本人以外による証言も重要に思えてきた。

 当事者とは立場の異なる人による証言が、折り重なって社会の記憶になる―。それこそが、「丸刈りにされた女たち」がフランスで国家の「裏切り者」とみなされ、暴力の被害者としては記憶されず、「丸刈り」という暴力の不当性が共有されなかった一つの要因ではないかと考えたからだ。

 山崎さんの著書が心打つのは、証言者と筆者の心の交感に接することができるからではないかと思う。歴史の証言者との心の交流は、山崎さんに一番近づきたかったところであり、一番自信がないところでもある。(在日外国公館勤務=東京都)

(2017年2月25日朝刊掲載)

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