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連載・特集

緑地帯 「声」を求めて 藤森晶子 <8>

 ナチス・ドイツから解放されたフランスで「丸刈り」にされた女たち。彼女たちが私の祖母と同世代である事実は、私が研究を始めるきっかけの一つであり、調査を続ける動機にもなっていた。にもかかわらず、私は祖母に被爆体験を尋ねたことが一度もなかった。つらい過去を思い出すことに伴う苦痛はいかほどのものだろうか。そのせいで取り乱すかもしれない―と心配し、避けていた。

 だが、フランスで「丸刈り」に関する証言者をなかなか見つけられず、留学した意味を見失いそうになっていたある日、思い切って広島の祖母に電話をかけてみた。

 すべて要らぬ心配だった。爆心地近くまで妹を捜しに行ったこと、被爆米兵の死体に石を投げている集団を見たこと、あっという間に運行を再開した路面電車に驚いたこと…。フランス滞在中、一度限りの機会だったが、古い記憶をたぐり寄せながら1時間以上話してくれた。

 フランスでは、私は「よそ者」だからこそ、何十年も前に髪を刈られるという暴力を受けたおばあさんたちに会いたいと平気で思い、そのための計画を実行に移せたのだろう。もっと早く生まれていればもっと多くの証言が聞けたかも、と研究が進まないのを時代のせいにすることもあったが、今ここに生きる私だからこそ、聞けたことがあるのかもしれない。

 私が書き留めることができた「女たち」の人生は多くない。だが、「声」を伝える一歩になったと信じ、出会ったすべての人に感謝したい。(在日外国公館勤務=東京都)=おわり

(2017年3月3日朝刊掲載)

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