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社説・コラム

天風録 「ふるさとを捨てるのは簡単か」

 新藤兼人監督は同郷の女優杉村春子さんに、弔辞でこう呼び掛けたそうだ。<あなたは広島の人/花崗岩(かこうがん)土壌が太陽にはねかえり/大輪の向日葵(ひまわり)が/天に向かって/顔をあげるのです>。梯(かけはし)久美子さんの随筆「百年の手紙」に教わる▲端々に同郷ならではの含みがある。「杉村発声」の魅力は苦労して抜いたはずの広島のアクセントにある、と監督は語っていた。その人の血となり肉となって、捨てようにも捨てきれない。それが「ふるさと」だろう▲だから「ふるさとを捨てるのは簡単です」と、きのう朝のテレビから聞こえる音声に耳を疑った。NHKの日曜討論、福島原発の事故で避難した住民の帰還を巡る今村雅弘復興相の言である▲そうではなく戻って頑張る気持ちを―と続けるのだが、はて。ふるさとに帰る、ふるさとを捨てる。その選択はつらく、いずれにしても重大な決断を要することに違いない。大臣が言うほど、簡単ではないはずである▲ふるさとの右左口郷(うばぐちむら)は骨壺(こつつぼ)の底にゆられてわがかえる村(山崎方代(ほうだい))。昔、放浪の歌人は訳あって生きて帰郷できぬ諦めを歌った。今、その納骨さえできぬふるさとも福島原発周辺にはあると聞けば言葉もない。

(2017年3月13日朝刊掲載)

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